主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【小さな森が消えた日──あの日の黒猫との再会】

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2022年11月13日

今、見たことのない景色を見つめている。ぼくの居場所は未だ変わらないままだ。しかし目の前に広がる景色は、初めて望む〈新しい景色〉へと移り変わった。

それは、待ち望んだ景色とはまったく違うけれど、〈あの日〉から願い続けていたことが、自分の外から現実化されていく様のように思えた。


──生まれ変わること──


この2週間、隣家の解体工事が行われていた。子供のいない老夫婦が、元気なうちに介護付き有料老人ホームに移り住むことになったという。それは、高齢化社会を象徴する出来事だった。

隣家は、都内でありながら緑豊かなこの地域のなかでも、とりわけ大きなお庭を有したお宅で、わが家はその恩恵を30年にわたり受けていた。向こう側が見通せないほどに茂ったそのお庭には、立派な桜がそびえ立っていて、二十歳ときにこの地に移り住んでから、今年で丸31年──その季節が夏だったことを振り返ると、翌年、21歳の春に初めてその桜が咲き誇る様を見つめてから、今年の春でちょうど30年にった。母が東京に移り住んでから、わが家は不思議と、桜がすぐそばにある土地ばかりに身を寄せてきた。それが、遂に途絶えた瞬間を、今ぼくはひとり、見つめている。


──大切なものが、次々に消え去っていく──


消え去った小さな森を見つめながら、実に象徴的な瞬間に遭遇しているように思えた。


──これは、この11ヶ月の間にぼくの身の回りで起きた出来事を映しているのか?──


死別の連鎖を味わった直後に森の消失までも味わっていたら、あの時の苦しみは、望まなない更なる
深みへと堕ちていたかもしれない。

しかし、母の喪失に備えて、万事、物事には両面──光と影──があることを学んできた。そうして必死に整えてきた〈思考〉のおかげで、メランコリックな気分で追憶の時間を貪ると同時に、これから起こりうる〈希望〉という名の可能性にも想いを馳せることができるようになっている。

目の前に映る景色は、ぼくの「今」を映しているだけではない。


──これは、ぼくが自ら起こそうとしている〈変化の兆し〉に他ならない──


「今」みつめている、この新しい風景は、想い描いたものとはまったく異なっている。しかし、その様子をじっとみつめていると、それは、ぼくが望んでいる「未だ」知らない風景の象徴のようにも思える。

同時に、こんな言葉が、故人らからのメッセージのようにして舞い降りてきた。


──ここはもう、あなたのいる場所じゃない──


そう背中を押されている気がした。

まず最初に変化を望んだのは、このぼくだ。環境が変わっていくより先に、ぼくがそう決断したこと忘れないでいたい。


──変化を望む流れが、ぼくの内を超えて、外へと影響を及ぼし始めた──


抜け道のない、永遠にも思える暗闇の時のなかで、望む変化を具現化するために、ゆっくりと少しずつ、できることを進めている。未だ成果はまったくないうえに進むべき道も誤っているかもしれないけれど、前進していることは確かだ。その頼りない足どりでさえも、彷徨いゆく現在のぼくには、大いなる実績だと自ら評価したい──今はそう思うようにしている。

今日は、実に久しぶりに天気が優れない一日となった。「風がでてきたな」と思い、窓辺からその新しい景色を眺めていると、工事で利用された重機の周りに動くもの影が見えた。


──あの日の黒猫かな?──


君はあのとき、ぼくが母の亡骸に会いにいく日に、出逢った黒猫さんかな? 玄関をでて扉を閉めたあと、胸を張って母に会いに行こうと前を向いて一歩踏み出したとき、目の前にいてくれたね。

猫たちも、自分たちの縄張りを荒らされて、さぞ困っているに違いない。その黒猫は、風を避けようとしたのか、重機の物陰から運転席に飛び乗り、しばらく辺りの様子を伺ったあと、静かに身体を丸めて休みはじめた。変わり果てた景色を見つめるその眼差しは、ぼくのそれと同じ気持ちなのだろうか?

少し小雨も降り出して、外気の寒さにぼくが鼻を啜ると、その音に敏感に反応して、黒猫はこちらを振り向いた。


──君もぼくも変わるときがきたんだ──


そう心のなかで伝えて、ぼくは、新しい場所へ進むことを自ら改めて誓った。


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