主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【悲劇と奇跡の狭間で──悲劇のあとの奇跡(5)】

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2024年1月9日

2年前の1月6日、東京は大雪に見舞われていた。その午後、元婚約者は、急性くも膜下出血で倒れ、帰らぬ人となった。

倒れる前夜のことは、今でもよく憶えている。その晩、ぼくは彼女の不安と悲しみに耳を傾けていた。

離れて暮らしていたこともあり、いつ潰えてもおかしくない関係だった。そんな事情もあり、いつのころからか、毎日毎日、会話の締めくくりには、お互いに感謝を伝えるようになっていた。


──今日もありがとうございます──


親しき仲だからこそ、より丁寧に──。

コロナ禍というこんなにも困難な時代を過ごしながらも、これまで大切にしてきた想いを自然と分かち合える関わりを確かに育んでいることに、ぼくは何より、安堵していた。

ところがその夜、彼女は不安と悲しみに満ちた声で、その日に起こった出来事をぼくに伝えてきた。それはまるで、ぼくに救いを求めるような時間だった。

コロナ禍においては、遠方に離れて暮らしていたこともあり、互いの無事と社会機能の一日も早い回復を願って〈逢わない選択〉をしていた。充分に話し合ったうえで下した決断しましただったが、結果的にはそのことでお互いにどれだけ心を痛めたかしれない。


──不安と不信──


ふたりのための選択が、いつしかお互いの心を蝕んでいった。

母が旅立って、いよいよ二人の未来を具体的に考え始めようとしていたとはいえ、積み重ねられた問題からそう容易く解き放たれるものではない。それは当人同士の間だけで発生した問題ではなかった。ときには周りからの余計で無責任なひと言によってもかき乱されつつあったのだ。

その夜は、まさにその〈外野〉からの声に彼女は苦しめられていた。

電話ごしに揺らぐ想いを語り合った。それだけでは何も解決するはずもなかったが、こうして言葉を交わし合い、互いを理解しようとする二人がいること──それは、奇跡と言っていい。そして毎日毎日、来る日もくる日も互いの無事を祈り、感謝の言葉を伝え合い、一日を終える──そんな恵まれた日常を過ごしている人がどれだけいるというのか?


──ぼくたちは、幸運に抱かれている──


そう感じたからこそ、伝えたのだった。


──出逢えた奇跡に感謝している──


これから二人で暮らし始める不安はお互いにあったはずだ。それでも、この二人なら乗り越えていける──そう信じていた。

いや、ただぼくは、夢をみていただけなのだろう。あの雪が降り積もった日まで──。


──夢は夢のまま、潰えた──


そしてその潰えた夢は、誰も触れ得ない〈結晶=quarz〉となり、以来ぼくの心の奥深くに棲みついて、止まることのない〈永遠の時〉を刻んでいる。

一方で、今のぼくには〈信じがたいこと〉が起きている。

あの死別体験を経て、ぼく自身、精神的な意味において、今世を終えた。あの雪の日から幾重に連なる悲嘆の波間をたゆたい、ときには悲しみの力で自ずと絶命させられると疑わないほどまでに追い詰められたこともあった。

さらに一時期は──


──明日はもう目覚めなくて構わない──


そう願いながら眠りに就くような状態が続いていた。

それでもぼくは、毎日、目覚めた。来る日も来る日も、目覚めた。すると次第に、〈目覚める〉とは、果たして自分の意思なのか? それとも他者の意思なのか?──そんなことさえ考えさせられるほどになっていた。

そのとき、ふと感じたことがある。


──ぼくには、今日を生きるに値する何かの〈理由=わけ〉があるのだろう──


その理由が、今、目の前にあるのだ。

これもすべて、先立っていったものたちから授けられた贈りもの──その大いなる変化は、ぼくを再び今世に存在させる力となっている。


──これもまた、奇跡──


その奇跡の大きさに慄きつつ、今はただただ、再び奇跡に恵まれたことに感謝している。

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