主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【母を荼毘に付した日〈前編〉──母と婚約者 ふたつの死(31)】

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2022年5月2日

母の火葬は、1週間後の12月10日に執り行うことになった。当時、東京もまだ感染拡大はしていなかったものの、婚約者を何度も往復させるわけにはいかないと思ったが、彼女の強い希望がぼくのこころを動かした。


「お母様を見送らないと一生後悔する」


火葬当日は、都内での人との接触を減らすために、東京駅まで彼女を車で向かいに行き、そのまま火葬場へ入ることにした。

場内の集合場所へ到着してコートを脱ぐと、彼女が着ていたワンピースが、猫の毛だらけになっていた。その相変わらずの愛しいあわてんぼうぶりに、ぼくは思わず吹き出してしまった。

出かける前、調子を崩していた愛猫たちを病院へ連れていき、その後、知人宅へ預けてから東京へ向かうと聞いてはいたが、こんな風にしてぼくの緊張を解きほぐしてくれるなんて──。会場の係のひとにお願いして粘着クリーナーをお借りし、前も後ろも上から下まで綺麗に拭き上げて、兄夫婦の到着を待った。


「お腹痛くなっちゃうよね」


母には介護施設で2度、面会の機会があったが、パンデミックを経て、ようやく兄夫婦に紹介できる機会となった。その数日前、当日の段取りを相談していた電話口で紹介する件を告げると、彼女はやや緊張した口調で、そしてその緊張を自ら和らげようと、冗談でも言うような戯けたトーンそう返した。その様子にぼくはまた、気持ちが解きほぐされていくような安心を得ていた。


──これで大丈夫──


たとえ離れて暮らしていても、こんな風に、自然と愉快な毎日を過ごせる相手に出逢えたのだ。どうにかこのパンデミックを超えて、また当たり前だった日常が取り戻せる。このパンデミック下に母の喪失という大きな痛みを経験することになったが、2人でいれば、大丈夫──そう改めて確信することができたのだ。

母の火葬は、母の希望通り、シンプルを極める形を採った。50年前、父を送るときは仕事関係のつながりもあり、盛大を極める葬儀だったらしい。それをひとりで仕切った母は、自らの経験から、子供たちに手を煩わせたくなかったのだろう。

母の棺には、母が捨てずに残していた父の葬儀の際に送られてきた弔電の束と、母が京都・本能寺で取得した花道の師範代の免状を入れた。装飾の類いはシンプルさを求める母は望まないと考え、花一輪さえ納めなかった。

それともう2つ──母の臍の緒と、母自らが考案した戒名を記した短冊を収めた。


──母のすべてが原初へ還る──


ぼくはどこかそんな気がして、母のもとに生を受けた使命を果たせたことに安堵していた。


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