主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【52歳──新生の誕生日】

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⁡2022年12月17日

52歳になった──。

一年前の今日のことは、今でもよく憶えている。母が息を引き取ってから一週間後に母を荼毘に付し、さらにその一週間後がぼくの誕生日──どこか計画的に思えるこの流れから、ぼくはこれから、この世での生を終えるまで、幾度となく、気づきとしてのメッセージを自ら見出していくことになるのだろう。

2021年12月17日──それからおよそ三週間後に急逝することになる今は亡き婚約者から、ぼくの誕生日を祝う電話があった。通話が始まるなり、彼女の歌声が聴こえてきた。誕生日の歌を、にこやかなトーンで歌ってくれている──その響きは、彼女の愛らしい表情が目の前に浮かぶような音色だった。

歌の贈りものは、ぼくの誕生日から遡ること一ト月前の彼女の誕生日に、ぼくが歌を贈ったお礼だという。そう聞いて、かつてこの家で、彼女が愛用していたウクレレをつま弾きながら、誕生日の歌をよく練習していた図が呼び覚まされた。


「いつか甥っ子たちに歌ってあげたいんだ」


それは、叶わぬままになってしまったのだろう。

およそ10年に及んだ介護者としての務めを完遂し、無事に母を送ったのち間もなく迎えた当時51歳の誕生日──それは、ぼくたちがいよいよ、望んでいた時間へ進むサインでもあった。


「もうすぐ一緒に暮らせるんだ」


彼女は近しい人に、そう伝えていたらしい。


──今ごろ、二人の暮らしが始まっていたかもしれない──


年末年始はお互いの家を行き来しながら、ぼくの自宅整理の進捗を報告しつつ、これからのことを話し合っていたことだろう。

そんな想いを抱きながら、今日の日に合わせて準備した額がある。これは、ぼくが50歳の誕生日に、介護施設に暮らしていた母に宛てた感謝の言葉である。それが母のもとに届けられたのは、パンデミックの影響で面会ができなくなって、もう一年近くが経過しようとしていた頃だった。

母へは、FAXを使って手紙を送信していた。手書きの文字が送れること、そして受信先では自動的に印刷されるため、施設側の手間を増やさずに済むこと。届くまで誰の手も触れないことを思えば、これが最も安全に気持ちを込めたメッセージが送れる手段──そう確信して、月に数回、送信を重ねた。

そのなかの一通が、この手紙である。

母とようやく面会できたのは、断絶から1年8月経った2021年9月下旬──母の残りの時間がだいぶ少なくなってきている様子を伺って、機会を設けていただいた場だった。随分と久しぶりに母の居室に入ると、そこには、ぼくが10ヶ月も前に送ったこの手紙が、台紙に貼られて飾られていた。汚れないようにラミネート加工まで施されている。目の前にいる母は、ぼくの記憶のなかの母とは完全に異なる〈初めて見つめる母〉の姿だった。その様に戸惑いと慄きを覚えるときのなかで、この暖かな思いやりある対応が、ぼくの揺らぐ心の支えとなっていた。

それから二タ月あまりが過ぎて、母は逝った。遠方から駆けつけてくれた亡き婚約者は、ぼくの側で黙々と母の居室の後片付けを進めながら、この手紙の存在に気づき、しばらく手を止め、じっと見つめて黙読していた。

多感な時代に暮らした街=新宿にある画材店に加工をお願いしたのは言うまでもない。母とも、ぼくが子供のころから、この街を数えきれないほど歩いた。晩年に差し掛かり脚が弱ってきてからも、母はぼくと腕組みしながら歩き、昔を懐かしむように想い出の時間を過ごした。歩けなくなってからは、ぼくが車椅子を押して共に歩いた──そんな母との想い出を彼女に伝えながら、この街を、ぼくたちはふたりで歩き始めていた。


──たった一ト月の間にすべて喪われるだなんて──


あれからもうすぐ、一年が経つ。この悲劇に目を背けることなく向き合おうと必死だった。そして、ぼくは気づいた。


──生まれ変わりたい──


と……。


そために必要だと思えることは、すべて実行することにした。


──人生、やり残し、なし──


そう言い切っていた母の晩年の口癖に倣うかのように、万事、気がすむまでやり切った。そのせいか、この師走は、いくらか穏やかな気持ちが続いている。

そうして迎えた52歳の誕生日──奇しくも今日は〈仏滅〉だった。つまり、これまでのぼくが完全なまでに滅して、生まれ変わることを意味している──そう受け取ることにした。

それには理由がある。かつて友人が教えてくれたことがそれだ。


──仏滅は、午後から大安に移っていく上り調子の日でもある──


この言葉を聞いて以来、そのことを忘れなかったのは、この悲劇を経て生まれ変わるための〈今日〉を迎えるためだったに違いない。


──それは誰の意思ゆえか、知らない──


それでも今日も目覚め、無事に過ごせている「今」に感謝している。


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