主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【新生のラザニア】

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2022年12月18日

出来立てのラザニアを目の前にする多幸感はこのうえない。

だがしかし、高温なオーブンで焼かれたラザニアは、水分を飛ばすまで煮詰めたミートソースからあますところなく肉汁が流れ出し、同時に、惜しまず入れたとろけるチーズが、その商標通りにとろけにとろけて、取り皿に盛ったときに型崩れしてしまう。それがぼくにとって、審美的な難点だった。


──三層に厚みを持たせたその美しさが再現できない──


昨日作ったラザニアは、晩餐時に1ピースだけいただき、残りはラザニア皿に入れたまま、ラップで覆って冷蔵庫で保存していた。

そして一晩経って、電子レンジで温め直して食す今夜──。


──嗚呼、これが求めていた図だ──


崩れない程度にほんのり温めた温度感もいい。

その様をひとり見つめながら想った──。

ぼくにとってラザニアは、亡き婚約者を追憶するための品だった。それがようやく、これからの未来のためのラザニアに移り変わった──自然とそう思えたのだ。

ラザニアを作ることだけではなかった。母とも彼女とも、食にまつわる記憶が多かったこともあり、ぼくはこの一年、これまでのように食事を拵えることを無意識に拒んでいたのだ。


──丁寧に暮らす──


母を特別養護老人ホームへ送り出した2018年春からひとりでの生活が始まり、その想いで毎日を過ごしてきた。朝起きて、まずは静かな時間を過ごす──。瞑想をして心と思考の静寂を呼び覚ましてから、食事の支度に移る。前の晩から仕込んでおいた出汁をひきつつ、果物とヨーグルトを中心とした簡単な朝食を摂り、締めくくりは、丁寧に豆から挽いたコーヒーを淹れて一日を始めていた。

その後は、心のうちを内観する時間を設けていた。ひたすらに、思い浮かんだことをノートに書き綴った。喜びも苛立ちも不安も悲しみも全部書いたが、必ず最後は、未来への展望となるような、前向きな言葉で締めくくる習慣にしていた。

物事には、光と影がある。だからこそ、目の前のたった一面だけを見つめて、一喜一憂しない──母の介護で追い詰められて、一時は自己を喪失してしまうほどだった。そこから抜け出すためには、自らの言葉をもって、魂を再生する必要があった。

丁寧に過ごす日常を重ね、ようやく仕事に専心する時間を取り戻し、慎ましやかながら、充実した時間だった。その流れのなかで、自ずと引き寄せられるように、彼女と出逢った。


── もう一度、あの静寂のなかへ還ろう ──


その支度は整いつつある──。それが叶ったとき、ぼくは真の新生を果たし得るに違いない。

ぼくを見守る故人たちを退屈させないように、ぼくが真に求める未来へ臨もう。

これから臨む景色は、ふたりと一緒に見届ける未来になる。

まずはこの、垂涎必至の〈新生のラザニア〉を存分に味わってもらいたい。ぼくが感じる味もまた、ふたりと共に味わうもの──だから、必ず届いている。


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