主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【52の手習い──初めてブイヤベースを作った日】

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2022年12月17日

誕生日の夜は、ひとり晩餐会を催した。

ここ数ヶ月、身体のことに加えて、複雑化した悲嘆感情のこと、そして来る未来に備えて整えるべきことに取り組み続けた結果、少々、「治療疲れ」のような状態に陥っていた。あちこちの病院や治療院に通いつめていたため、だいぶ疲労が溜まっていたのである。

そんな調子だというのに、待ち侘びた52歳の誕生日に、自分のために手間のかかる料理を拵えた。これまでのように、母と彼女の追悼のためではないという意味では、自分のために真剣に料理をしたのは、もしかすると初めてのことだったかもしれない。

亡き婚約者との出逢い以降、祝いごとには恒例となっていたラザニアを作ることは、もちろん決定事項だった。先月、彼女の生誕祭を目前に「前夜祭」と称してこしらえて以来のラザニア──前回、二日間に分けて行った工程を今回も計画するも、疲れが祟って、当日まで何もできなかった。

それに加えて食いしん坊なぼくは、ブイヤベースを作ってみたいと思いついた。これは、亡き婚約者が好きだったという一品だ。「という」と語っているのは、ブイヤベースを彼女と共に味わったことがないからである。彼女が通ったレストランを紹介されて共に足を運んだのは一度きり──そのときは季節が秋だったこともあり、まだブイヤベースはメニューに載っていなかった。


「今度来たら、一緒に食べようね」


その〈今度〉は、来ることはなかった。

正直なところ、ブイヤベースというものがどんなものか? 話を聞いた当初ははっきりとした図が思い浮かばなかった。どちらかというと、デミグラスソースのような濃い色をしたスープ、という想像をしていたが、実際のそれは、まったく違っていた。

とにかく実に手の込んだ、時間の掛かりそうな品だと思われたが、ネットでレシピを検索すると、予想したほど時間はかからない様子だった。


──この季節に、温かいスープがあるといいな──


そんな気持ちで取り組むことにした。

誕生日当日は、特に予定はなかったものの何かと気忙しく、料理に取り掛かろうとした頃には、時刻はもう20時になろうとしていた。


──日付をまたぐまでに完成するだろうか?──


ラザニアも、野菜のみじん切りやミートソースを煮詰める時間、ホワイトソースを作る手間など、とにかく工程が多い。それに加えて初めてのブイヤベースだなんて……食いしん坊にも程があると思いつつ、彼女の急逝からほぼ一年を費やして、ながらく待ち侘びていたた今夜の〈新生の義〉を果たそうと、疲れ切った身体を起こした。

実際に手を動かしてみると、今夜は不思議と、とても手際よく進んだ。みじん切りも苦にならない。ミートソースを煮詰めている間にホワイトソースを作り、そのあと、わが家のラザには欠かせない〈蓮根〉の下茹でをした。下茹でが終わる頃にはミートソースも完成したので、そのままラザニア皿に層を作っていく作業に移った。

ミートソース、チーズ、ホワイトソース、蓮根、ラザニアシートの順で盛り、これを三層まで繰り返した。最上面には、焼いている最中にラザニアシートが乾くのを防ぐため、残りのミートソースとチーズで覆った。


「チーズ、ケッチたでしょ?」


チーズがとろけ過ぎて、せっかく層にしたラザニアが皿に盛ると崩れてしまう──そう感じてチーズを減らしたときのことだった。決してコストを考えたわけではない。しかし……その策は、彼女に瞬時に見抜かれてしまった。

結局、美味しい方を選択することにして、以降、惜しまずチーズを乗せている。このエピソードのおかげで、チーズをラザニア皿に盛っているときはもちろんのこと、ラザニアを作るために食材を買うときにも、チーズを手にする度に、その言葉を思い出してしまう──。


──これも供養のうち──


そう思うことにしている。

ラザニアの支度が整い、200℃に余熱したオーブンに皿を納めてから、いよいよブイヤベースに取り組むことにした。母の介護をきかっけとして、かれこれ10年も台所に立っていると、もはや迷うこともなく、流れるように手を動かしていると、30分ほどで仕上げることができた。皿に盛り付けし、あと10分ほどで焼き上がるラザニアの完成を待つ──。

結果、二品が完成するまで、2時間30分──ラザニア単体として振り返っても、最速の仕上がりだった。

こうして、たったひとりの誕生日は静かに暮れていった。気持ちが揺らぐことなく、穏やかに一日を終えられたことが、何よりである。


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