【ぼくだけのクリスマス(2)──亡き婚約者の生誕祭】
2022年11月18日
ぼくがここへきた最大の理由は、彼女の生誕祭を、彼女と過ごした想い出の場所で行うためだった。彼女が先立ってから、その死を悼むばかりのこの一年のなかで、ぼくは心のどこかで──潜在的にと言ってもいい──祝祭の場を設けたいと願っていたのである。その場は必ず、〈確かな区切り〉になる──そう期していたのだ。
祝祭の場に届けられた品品をみて、ぼくは圧倒されていた。彼女が歓ぶことは何かを知り尽くした皆さんからの贈りものに、驚嘆させられたのである。
──彼女はこんなにも慕われて生きてきたのだ──
その事実を目の当たりにして、ぼくは安堵していた。自分のことにも周りのことにも全力で向き合った彼女は、その小さな身体で、たくさんの痛みを抱えて生きてきた。しかし、それと引き換えにして、そう容易くは手に入らない、真の友情と愛情をいくつもいくつも授けられていたのだ。
ながらく待ち侘びていた未来がもうすぐそこまできていたときに早逝した彼女の人生は、果たして幸福のままに幕切れを迎えられたのだろうか? 彼女を喪ったすべての人たちは、それぞれが割り切れることのない感情と抱えきれない悲しみを背負っている。しかし、その悲嘆を含めて、こんなにも彼女を想い慕う気持ちに溢れたものたちに囲まれていた彼女の人生は、紛れもなく、幸福だったと言えるのではないか?
彼女に授けられた戒名は、そんな彼女の人生を見事に写したものだった。
──美しく徳を積み、慈しみの心で周りを照らす──
生誕祭を終えた翌朝、午前の早い時間の新幹線で帰京する予定にしていた。ところが、長年の昼夜逆転状態が祟ったのか、真夜中に目覚めてしまったぼくは、その後二時間ほどベッドの上で悶々としながら眠気が再びやってくることを期待するも叶わず、結局、早朝にホテルを後にして、始発で帰ることにした。
身の引き締まる想いがする少し肌寒い早朝の空気を感じながら、まだ明けきらない空が顔を覗かせたままのホームに立つと、これまで様々な想いを抱いてここに立っていたことを思い出した。もう直ぐ始まろうとしていた彼女との時間に期待を膨らませてこの図を見つめていたのが、その最初の記憶だった。彼女の危篤の報を受けて、東京からひと時も泣き止むことなくここへ辿り着いたことも……納骨を終えた翌朝、ここから一刻も早く逃げ出したくて、呆然としたままここに佇んでいたことも……お互いに寂しくなることがわかっていたのに、ホームまで見送ってくれたときの記憶も……今となってはすべてが愛しい。
帰京の途──車窓から見つめていた図は、彼女の葬儀の朝に出現した〈あの絶景〉と同じパノラマだった。雪化粧をしたあの日の様子とは異なっていたが、出る朝陽に照らされたその光景は、ぼくがこれから行く広大な道を示してくれているように思えた。そしてそのとき、気づきを授かった。
──彼女の誕生日は、ぼくだけのクリスマスになった──
そう感じた瞬間、彼女への感謝の気持ちが自ずと立ち込めてきて、始発列車のひと気のない車内でぼくはそっと、感情を解き放った。
その出来事は、彼女との今世での歴史の幕切れを意味すると同時に、今日からの新たな関係の始まりを感じてのことだったのかもしれない。そのせいか、東京に降り立ったときには、あの日からずっと待ち侘びていた瞬間が、遂にぼくに訪れたように思えた。
ぼくは、立ち直ったわけではない。前を向けるようになったのでもない。なぜなら、ぼくはもう、以前のぼくではなくなっているのだから。
──ぼくは、生まれ変わったのだ──
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