主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【真・孤独のラザニア(2)──亡き婚約者の生誕前夜祭】

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2022年11月17日

2019年のクリスマスに初めて取り組んだラザニア作りからまもなくしてパンデミックが訪れるだなんて……。


──あれから三年──


玉ねぎ、にんじん、セロリを微塵切りにしたものと、牛と豚の合い挽き肉を、にんにくと生姜で炒めて、塩コショウで味付けし、ダイスカットとホールのトマト缶をそれぞれ混ぜ合わせるという大鍋いっぱいのミートソースを煮詰めている間に、もうひと口のコンロでホワイトソースを拵える──溶かした無塩バターに全粒粉の強力粉(ここだけがぼくたちのこだわり)を溶き、粉が玉にならないようゆっくりと少しずつ牛乳を鍋に注ぎながら熱しつつ、素早く、しかし繊細な手つきでしゃもじを回していると、否応なしに、当時の記憶を呼び覚まされてくる──そのとき、死別から今日までに抱いていた感覚と異なる気持ちが湧いてきたことに気づいて、自分でも驚かされた。


──悲しみが懐かしさに変わろうとしている──


あれだけぐっすり眠っていたのに、ソースが仕上がりそうになると、それをなぜだか察して目覚める彼女──それに応えるように、ぼくは仕上がったばかりのホワイトソースを小さじですくい、味見をしてもらう──。


──嗚呼、あの愛しい時間が懐かしい──


これまでなら、ここで泣き崩れていたことだろう。でも今日は、そうならない──ようやく、少し前進したのだろうか?

今の体力と気力では、一度に仕込みから焼き上げまでは出来そうになく、今回は、二日間に分けて作ることにして、仕上げたソース類は冷蔵庫に収め、焼くのは翌日、誕生日前夜に行った。

ところが当日、思わぬ出来事がぼくに襲いかかり──前夜祭はこれまで味わったことのないほどの憤りがぼくを支配していた。こんな状態で焼くラザニアを果たして食べて良いものか? と思案させられるほど苛立ちが募ったが、オーブンに入れて焼き上がりを待っていると、あの愛しかった当時と同じ香ばしい匂いが立ち込めてきて、ぼくを再び、安心安全の境地へと誘ってくれた。

かくして焼き上がったラザニアは、見た目は変わらないものの、やはりどこか味が違っていた。


──真・孤独のラザニア──


真の意味で、それは、ぼくがひとりで味わう初めてのラザニアだった。

二人で過ごした初めてのクリスマスでお目見えして以来、ぼくは二人のために何度もラザニアを作った。「望む未来が見通せるように」と、蓮根を入れたバージョンも作り二人で味わった(亡くなった母は、蓮根を食べるたび「私は蓮根が好きやったから、望む未来を手にできたんや」と、蓮根を食べるたびに話してくれた。その話題をぼくも引き継いで、毎度話すものだから、周りからはとうに面倒がられている・苦笑)。感染拡大で会えなかった時期が続いても同じだった。たとえ離れていて共に食すことができなくても、こころをつなぐ思いでラザニアを作った。


──この味は、殿堂入りだね──


ぼくの作る料理のなかでも、特にこのラザニアが彼女のお気に入りだった。一度にたくさん作るから、いつも小分けにして、彼女にお土産として持たせていた。そんな当時のある日、彼女が暮らす街で人気だというラザニアを食べてみたという感想が送られてきたことがある。


「あなたの作る方がボリュームもあるし、ずっと美味しい」

「商売じゃないから採算度外視だし、何より、あなたのためだけに作っているから、当然でしょ」


そんな冗談を言い合っては、お腹を抱えるほど笑っていた毎日が懐かしい。

ぼくたちは、いつ何が起きてもおかしくない年ごろに差し掛かった、すっかり大人になってからの出逢いだったこともあり、こんな毎日が〈当たり前ではない〉ことをいつも忘れないようにしていた。だからこそ、毎日の会話は、必ず「今日もありがとう」と伝えて締めくくっていたのだ。もしも明日、最期の瞬間が訪れても悔いがないように──。

その瞬間が、現実としてこんなにも早く突然に訪れてしまうと、しなくて済むはずだった後悔が、次々に巡ってくる。

常に細心の注意を払って、先回りしては日常に潜む危機を回避しようとお互いに努めてきた。しかし、パンデミックという脅威に、ぼく自身が完全に翻弄されてしまっていたのだった──当時を振り返っては、ふとした瞬間に考え込んでしまって、自らを追い込んでしまう。


──もっとできることがあったはずだ──


それでも今は、考え得るシナリオのなかで、この結末を迎えた彼女の人生は、このうえなく幸福だったのだと信じようと努めている。そう確信に至るためにも、これからのぼくの人生を、これまで以上に輝かせたい。それが、先だった彼女への一番の供養になるに違いないのだから。


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