主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【母の一周忌──悲劇のあとの奇跡(2)】

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2022年12月3日

母がこの世を去ってから、一年が経った。

母がながらく身を寄せていた介護施設で息を引き取ったのは、前日、12月2日の夜このことだった。病院で息を引き取っていればおそらく即座に死亡診断が行われていたはずだが、母と家族の希望通り、無理な延命はせず、看取りを行なっていただける介護施設へ母の最期を託したため、死亡診断は翌日、提携先の病院へ母の遺体を移送して行われることになった。

そのため、母の法的な命日は、12月3日、ということになった。


──いち、に、さん!──


こんなふうに勢いをつけて、この世とあの世の境目を母は飛び越えていった──12月3日が命日となったとき、咄嗟にそう思った。それは、何事においても思い切りのよかった、実に母らしいクライマックスのように感じた。

一年前のこの日の午後、ぼくはひとりで、施設へ向かった。家を戸を開けて外へ出るなり、目の前に黒猫の姿が見えた。この辺りに住み着いている野良猫の一匹だった。恥ずかしがり屋なのか、ぼくを見るなりすぐさま姿を消してしまったが、どこか心の拠り所がないまま母の亡骸と向き合おうとしていたぼくには、そんな小さなエピソードでさえ、幸運の兆しに思えた。


──これからも、なにも心配はいらない──


そう伝えてくれていると思うことにした。

あの日、ぼくの傍には、今は亡き元婚約者の姿があった。ふたりで母を送り出し、居室の後片付けをこなした。そして完成して間もない、施設に併設されたカフェスペースでケーキをいただいていた。

およそ10年というながい介護者生活をまさに今日終え、コロナ禍に飲み込まれて離れ離れに暮らしていたぼくたちの新しい時間がいよいよ始まろうとしていた。同い年のぼくたちは、お互いの身にいつ何が起きてもおかしくない年齢だったこともあり、どんなときも〈明日は来ないかもしれない〉という思いを忘れず、お互いに〈今日〉があることに感謝して暮らしていた──しかし、あの日、あの瞬間には、まさかその一ト月後、彼女が病によって急逝するだなんて、微塵も考えていなかった。

一年前、ケーキをいただきながら、ぼくは心のなかで決めたことがあった。


──母の命日には、ふたりでここへ訪れて、このケーキをいただくことを恒例にしよう──


あれから一年が経って、ぼくはひとり、ここでケーキをいただいている──それも、急性な病に倒れた元婚約者との〈死別〉という運命を背負って、ここにいる。


──こんなにも悲劇的なことは、ない──


そんなことを思い浮かべていると、あるスタッフの女性が声をかけて下さった。


──どこか見覚えのある顔──


「以前もいらしてくださいましたよね?」
「もしかして、オープン当初に会計を担当してくれた方ですか?」
「はい」
「思い出しました。カナヅチをレジに置いて対応してくれた方ですよね?」
「まだあちこち準備中で道具が手放せなくて」
「『これなら強盗が来ても安心ですね』なんて冗談をつい口にしてしまいました(苦笑)」


ただそれだけのことだった。けれど、たったこれだけの会話が、ぼくを安心させてくれた。


──ぼくは未だ幸運に抱かれている──


時刻は、閉店間際の夕暮れに差し掛かっていた。店内を見渡すと、地域の子どもたちが何組も集っていた。友達同士で遊ぶものもいれば、宿題を教え合うグループもあった。これまでの介護施設は、世間と隔絶されてしまいがちだったが、こうした〈場〉があることで、外へと開かれていく。似たような試みはたくさん行われているだろうけれど、ここまで成功している例は少ないのではないだろうか? もしも母が元気なうちにこの空間がオープンしていたら、きっと母のことだから、人気者になっていたに違いない──そんな図を思い浮かべながら、そのあと、ひとりケーキと紅茶を味わっていた。


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