主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【想い出に別れを告げた日──悲劇のあとの奇跡(3)】

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2022年12月5日

この日、11月24日に閉眼供養を終えた仏壇を処分しに資源回収センターへ向かった。

わが家が暮らす地域では、仏壇を粗大ごみとして回収してくれるとのことだったので、やはり最後まで自分の手で締めくくりたい──そう考えて収集依頼はせずに、自ら回収センターへ持ち込むことにした。

回収センターへの持ち込みは、一度につき15点までの粗大ごみを受け付けてくれるため、この機会に、処分を迷っていた母の私物をまとめて出すことにした。ぼくの記憶回路は実に繊細で、特にモノや視覚情報に想い出が強く宿る傾向にある。そのお陰で、品を選んでいると、それを利用していた当時のことが次々と呼び覚まされてくる。

足腰の衰えた母が外出時に使えるようにと買ったバギーは、実際にはたった一度使われたきりだった。風呂の椅子も、腰が低い位置からでは立ち上がれなくなった母のために座高の高いものを用意したものだったが、ぼくの身体には合わず、その後、使われることはなかった。浴槽から立ち上がる際につかまり立ちできるようにと取り付けた取っ手も、いつか自分が衰えたときに使えるであろうと思い保管していたが、そんな先のことまで今は考える必要もない。併せて処分した緊急脱出用の折りたたみ式のハシゴは、相当に強固な構造をしていて、とにかく重く取り回しが悪いのが難点だった。しかし、何より一度も稼働させることなく済んだのは幸運だったと言えよう。こうした避難器具までもをしっかり用意するあたりに、何事にも用意周到だった母の性格が表れている。

そして今ではもうなかなか見かけることのない色合いの衣装ケースも処分した。これは京都の次代から母が使っていたものものだが、中の衣類を分別しようとフタを開けると、ぼくが中学生のころに着ていた洋服がでてきた。


──嗚呼(苦笑)──


今からおよそ40年ほど前の記憶が瞬時に蘇り、思わず声を上げて苦笑した。

そこに残されていた厚手のカーディガンは、中学校を卒業した春休みに行った、東京ディズニーランドでのグループデートのときに着ていたものだった。


──あの、淡くほろ苦い経験の全記憶──


今でも決して忘れ得ないその出来事が、再び一瞬にして脳内に全編再生された。

カーディガンは少しカビが生えた状態だったが、ビニールに収められ、大切に保管されている様子だった。モノが捨てられない〈もったいない世代〉の母ゆえに、特に何の意図なく保管していたのだろうが、この丁寧な扱いをみると、何か特別な想いがあるように思えた。

さらにもうひとつ──弁慶の五月人形も手放すことにした。

硝子ケースに収められたそれは、よくみると愛くるしくも凛々しく力強い表情をしていて、かなり質の良いものに見えたが、この先どこかへ移り住むことになったときに連れては行かないだろうと判断した。回収された品品は、修繕され販売されることもあるそうなので、きっと必要な方のところへ誘われ、新しい旅を始めることだろう──そう願っている。

それから──。つい先日、閉眼供養の際に利用した仏間用の座布団ともこの機会にお別れとなった。この家に来てから一度も開けられることなく箱に収められたまま保管されていたその座布団は、まるで、たった一度きりの閉眼供養までの出番をいまか今かと待ち侘びていたかのように、30余年に渡ってわが家に寄り添ってくれていた。

長年、愛車に機材や作品を積み込んで運んできた経験から、積荷の要領は万全である。脳内でのシミュレーション通り迷うことなく荷を収め、自宅から30分ほど先にある回収センターまで車を走らせた。

移動の最中、母と過ごした毎日や永すぎた介護者としての日常のことを思い出した。


──ぼくは何を守り通せたのか?──


この問いは、恐らく生涯に渡って付きまとうことになるだろう。しかし、晩年の母と過ごした時間のなかで下したすべての決断が〈間違っていなかった〉と思えるように、これからの毎日を輝かせていくこと──それが、ぼく自身のこれからの課題である。同時に、ぼくの毎日を輝かせていくことが、先立って行ったすべての人たちへの供養となる──そう信じて、これまでと変わることなく、嘆き悲しみ喜び笑いながら、1日1日を過ごしてこう──。

現地へ到着して自らの手で荷を下ろし、荷を受け渡したとき、一年近くを費やしてきた先祖供養を遂に終えたように思えた。空になって軽くなった車に乗り家路に着こうとすると、晴々しい気持ちに満たされるかという期待と裏腹に、どこかもの寂しい想いで胸がいっぱいになっていた。そのままひとり家に帰る気になれず、目の前の信号のサインが青に変わると、咄嗟にぼくは車を逆方向に走らせた。


──今日もあの場所に行こう──


それは、一昨日、母の命日にひとりで向かったのと同じ場所だった。

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