主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【〈あとがき〉喪われ、育んだ10年──母と婚約者 ふたつの死】

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2021年12月3日に母を、2022年1月10日に婚約者を相次いで喪くし、今日まで何もできない毎日が続いた。

寝て、起きて、食べて、寝る──たまに飲みに出ては暴飲暴食を繰り返し、自己嫌悪に陥って自制する──その繰り返しだった。

たとえ酒場に出かけても、心のうちを吐露するのには限界がある。楽しむために来ているお客さんにも、そして、そっと耳を傾けてくれる店主にも、ぼくの悲しみを背負わせ続けるわけにはいかない。

その苦しみを吐き出すために、ぼくはここに綴ってきたのだ。誰になんと思われようとも、そしてときに誰かを傷つけてしまおうとも……。

母の介護が始まったのが2012年秋からのことで、その負担がより重くのし掛かってきたのは、2014年以降だった。リハビリや病院受診への付き添いをこなしていた時期には、スケジュール帳は母の予定で埋め尽くされるほどになっていった。そこに日常的な家事と母の生活介助が必要になる──目の前のことをこなすのに必死になっていた2016年までの2年間の負荷は、自分の許容量を遥かに越え始め、遂には心療内科へ通うことを決断するまでに至った。

治療を始めてからさらに2年が過ぎたころ、母の介護度も上がり、在宅介護の限界が見え始め、いよいよ特別養護老人ホームへの入居申請を出すことにした。


──在宅で母を看取りたい──


ひとりで介護をする身では到底不可能な望みを抱いていたぼくにとっては、大いなる挫折を味わうことにはなった。しかし、当時の状況をいま振り返っても、限界の限界を超えていた状態だったことは間違いない。

2012年10月15日──この日、母が自宅内で転落事故を起こした瞬間が、ぼくの介護者としての歴史の始まりだった。既にその前年、これまでなかったような体調不良を見せ始めていたことを思うと、母を無事に看取るまで〈10年〉の月日を要したことになる。

晩年には、パンデミックという予想だにしなかった危機まで加わり、ぼくの心労はさらに高まった。 母と会えない時間が長引くなか、その過ぎし日を振り返ったとき、40代のほぼすべてを費やしてしまったことを思い患い、事実、心身に影響を及ぼすことになった。

その不調の原因は、無論、もうひとつあった。


──離れて暮らす婚約者と会えないこと──


ぼくたちは、お互いに励まし合い、この危機を乗り越えようとしていた。この期間、ぼくが私的には誰にも会わないと決めたのは、感染予防のことだけではなかった。


──彼女を安心させたかった──


ただその一心での決断だった。

感染を免れ、この危機を乗り越えた先にある2人の未来を信じていた。これから永い未来がぼくたちに約束されているのなら、今の隔たりはほんの僅かな期間に過ぎない。この危機を2人で超えることができたら、望んでいた高みを遥かに超える〈確かなもの〉が、ぼくたち2人に授けられるに違いない。だから、共にこの危機を乗り越えよう──〈会わない〉ことは、このうえなく苦しく厳しい選択だったが、それが未来を掴むための最善の方法だと信じて、2人で判断した。

しかしそのストレスが、彼女を襲った病いの魔の手を強めてしまったとも考えられる。あの当時の2人の状況から最善の選択をしたと確信すると同時に、ぼくはきっと、この後悔にながくながく苛まれることになるのだろう。

一度も言い争うことなく、冗談ばかりの毎日が、ぼくには何より愛しかった。彼女はどうだったろう? ぼくと過ごして幸せだったろうか? 彼女が求め続けていた安心のままに生涯を閉じることができただろうか?

唯一はっきりしていることがある。それは、幸せだったのは、ぼくの方だったということだ。


──嗚呼、いま再び、ひどく号泣し始めた──


ぼくが見届けて感じたことを「書かざるを得ない」と期すも、こうして書くことは、決して楽な行為でも気持ちを解き放つための営みでもなかった。それはときに、悲しみを強めてしまうことさえあった。彼女を荼毘に付した日のことを記していたときは特にそうだ。今もあのときと同じように泣き崩れながら、そしてやはりあのときと同じように今、希っている。


──誰か、助けて──


しかし、この悲しみには、この世でぼくしか触れることができない。


──ぼくを救えるのは、ぼくしかいないのだ──


一方で、わが幸運をいま再び噛み締めている。この悲しみに寄り添ってくれる目には見えない存在が、ぼくには今、2人もいるのだから。

母のもとに生を授けられた幸運と、彼女と出逢えた奇跡に、今改めて、胸いっぱいの感謝を。

有難うございます。

2022年5月5日
母と彼女と過ごした東京の自宅にて

川瀬浩介


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