主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【亡き婚約者の一周忌法要】

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2023年1月6日

あの日から一年が経とうとしていた。

亡き婚約者の一周忌法要が執り行われることになった日取りは、奇しくも、彼女がくも膜下出血を発症して倒れた日と同じだった。

東京から向かうぼくは日程が決まった当初から、ご家族にお伝えした。


──感染拡大が予想されるため、状況をみて参列できるかを判断します──


自分が感染すること以上に、他者に感染させてしまわないよう注意を払っていたぼくたちだからこそ、ふたりが大切にしていたことを守り通したかった。

しかし、予想通り年末年始の感染拡大は収まりそうになかった。

彼女が存命中なら、こうした状況で参列することはない──そう確信していたものの、ぼくの頭のなかには、母が息を日きっとった日に彼女がぼくに伝えてくれた言葉が絶えずこだましていた。


──お母様を見送らないと、一生後悔する──


母が息を引き取った2021年12月2日もまた、感染が拡大していた時期だった。そのタイミングで彼女は、恐怖を抑えて、かつぼくたちが守り通そうとしていた信条を超えて、ぼくのところへやってきてくれた。

だからこそ、ぼくも後悔しないために、一周忌法要に立ち会うことにした。同時にこの機会は、この一年を生き延びたぼくにとっても、非常に意味のある重要な区切りでもある。

法要は、山間にある寺院で、午前の早い時間から催されることになった。最寄りの新幹線の駅でレンタカーを借りてひとりで現地へ向かうと、山を登るに連れ、路肩に薄らと雪化粧が覆っている様子が伺えた。


──彼女が倒れた日にも雪が降った──


あの日、東京は大雪に見舞われていた。その様子を写真に収めて彼女に送り、返事が届くことを待っていた夜、危篤の報が届けられた。


──あの夜から、一年──


あれほどの恐怖を味わったのは、それが初めてだった。この一年、ここに何度も何度も書き記してきたように、もしもあれと似た恐怖をもう一度味わうようなことがあったら、ぼくはその衝撃により、自ずと絶命させられてしまうことだろう。

そしていま改めて想う──。


──よくぞ現在も無事に生きていられるものだ──


介護者として老いゆく母を見つめながら、体験を伴う実感として痛切に思い知らされたこと──今日は誰にも約束されていない──を、彼女の一周忌に、改めて強く想った。

小高い山の山頂付近──早朝の寺院は、身を切るような寒さと共に、心地よい静けさに包まれていた。

法要が始まる前、ひとり彼女の墓前に向かい、手を合わせる──ぼくがこれまで知ることのなかった〈真の悲しみ〉を教えてくれたことまでもを含めて、今日までのすべてに感謝を伝えた。そして、彼女が導いてくれたであろう〈ご縁〉を、ぼくは見逃すことなく手繰り寄せたことも──。


──すべては、先だった故人らの計らい──


母と彼女を含め、このパンデミック中に4人もの近しいひとたちが先立っていった。そのすべては今、未だ触れることのできない彼方から、ぼくを見守ってくれているに違いない。


──本当のことなど、誰も知らない。ただぼくが、そう信じてさえいればいい──


ぼくが信じること──それが〈ぼくだけの真実〉になるのだから──。

法要を終えてそのままお暇する予定だったが、どうしてもご挨拶したかった方が列席できず、このあとの時間帯から合流されるということで、ぼくは結局、現地解散するという当初の誓いを破って、彼女のご実家に寄せていただくことにした。

そしてすっかりぼくは甘え切ってしまった。この一年、精神的に支え合ってきたご家族のみなさんに囲まれて和やかな時間を過ごし、別れがたい気持ちを断ち切るのに苦心することになった。

それでも、ここはもう、ぼくの居場所ではなくなったのだ──そうした強い想いを胸に、一度はこの地へ下ろした錨を再び引き揚げ、これから自分の進む道へ還るために立ち上がった。

復路の駅のホームにて、ふと足元に視線を落とすと、整列乗車のためのサインが目に入った。


──2列──


(こうして今日もまた、ぼくはひとりでふたりの列に並んでいるのか)


そう心のなかで感じた途端、遂に先だった彼女との〈ふたりの物語〉が幕を閉じしたように思えた。


──永遠にも思える一年が終わった──


そう感慨深く思いながら東京駅に着くと、再び足元にある〈2列〉の文字が目に入った。


──新しい〈2列〉の物語──


東京に戻ったときのぼくは、自然とそう思えた。それが何より嬉しかった。それは、この一年、支えていただいたすべての皆さんの想いのお陰であることを忘れないようにしたい。そして改めて、先だった故人らがぼくに注いでくれた愛情ゆえのことであることも──。

ぼくが今日もうこうして目を覚ますのは、数えきれない人たちの願いあってのことなのだから。


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