主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【ぼくだけのクリスマス(1)──亡き婚約者の生誕祭】

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2022年11月18日

ぼくが大好きな季節──秋──になった。


──ここに立つのは、いつ以来だろう?──


山間の寺院にある彼女の墓前に立ち、色づいた木々に時の移ろいを覚えながら、ふとそんなことを思い浮かべた。彼女の遺骨の埋葬に合わせて植え替えられた木は、すっかり鮮やかな真紅に染まっている。

年始の感染拡大の影響で、四十九日の法要は延期され、納骨は春先にずれ込んだ。彼女の自宅から遺骨を寺院へ送り出すとき、隣接する公園に咲き誇った桜が桜吹雪を舞い散らせていた図を、今でも鮮明に憶えている。


──彼女の葬送を祝ってくれいる──


一月十四日──彼女を葬儀場へ送ったときは、雪が舞っていた。その偶然のような出来事の連なりを振り返りながらいま思うのは、彼女は死して遂に、完全なまでに自然と一体の姿に還ったということである。

人の叡智は、厳しい自然と調和することではなく、その環から離れ、自律した周期で生存し発展する道を生み出した。そうして得られた利益の大きさはこの人類史に刻まれている通りだが、その利益が大きければ大きいほど、喪ったものも計りしれないのではないか?──この、あまりに悲劇的なふたつの死別を経験した身としては、ついそんなことばかりを考えてしまう──ぼく自身、人類の叡智のおかげで、今もここに立っているというのに……。

彼女自身の人生はどうだったのかを想像する──突然に襲った病と、瞬時に命を絶たれた終そのものは、何より本人が最も無念であったに違いない。しかし、彼女はすべての歓びと未来への可能性を喪ったと同時に、あらゆる痛みや苦しみから解き放たれたのだ。


──だから、今ぼくがひとり見つめているこの現実は、必ずしも悪いことばかりではない──


ここへひとりやってくるまでの時間、ずっとずっとそのことを考え続けていた。その〈時間〉とは、今朝からここへやってくるまでのことではない。〈あの日〉から今日までの〈十ヶ月〉の間にようやく辿り着いた、ひとつの解──いや、これは〈慰め〉として表す方が、ぼくのいまの心のうちをより正確に表していると言えそうだ。

数えきれない言葉を重ねて、どんなに思考を積み上げても、この悲しみが消え去ることは決してないとわかっている。ただ、今日という瞬間をどうにかやり過ごすためには、この感情を受け止め、自らを慰められるだけの器としての言葉がぼくには必要なのだ。


──言葉は心を育み、魂をかたち創る──


これは、そう信じているからこその営みに他ならない。

墓前にそっと、ふたりだけの繋がりを示すお供えをし、続いて本堂に納められた彼女の位牌に手を合わせ、線香を手向けた。通夜葬儀から今夏の初盆までお世話になったご住職にもご挨拶し、これまでの礼を伝え、寺を後にした。

次に向かった場所は、彼女が最期のときを迎えた病院──春の納骨のあとにご挨拶に伺う予定にしていたのだが、当日、あまりに大きな悲嘆感情に支配され、自らのコントロールを喪失し機会を失ったままになっていた。

現地へ向かう前夜、お世話になった医療チームへ宛てた手紙を綴っていた。約束なく伺うため、お目にかかれないこともあるであろうと考えてのことだったが、日付をまたぎ、彼女の誕生日当日になっても書き終わりそうにない、そのながいながい手紙は、お目にかからずに手紙だけ残して去る方が想いが伝わる内容に近づいていった。

すると、現実はまさに思い描いた通りになった。高度医療を提供するチームにとって、急な来訪に対応できるほど手隙の時間があるはずもない。ぼくは手紙だけを残し、今回の旅の最終目的地へ向かった。


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