主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【最期の意志を叶える──母と婚約者 ふたつの死(13)】

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2022年3月25日

喪失と向き合う時間は何かに似ている──母を喪って100箇日が過ぎ、婚約者の急逝から四十九日を超えた、未だ苦悶する最中、そんなことが頭をよぎった。


──禁断症状──


突如としてたち消えた関わり──それを克服するには、この状況に慣れるしかない。そう考えると、まさに今の苦痛は、禁断症状に他ならない──そう感じたのだ。

婚約者の四十九日が近づくころから、より強くより激しく号泣するようになった。相変わらず、公にできない想いはノートに書き綴っているのだが、そのころから手紙の形式で書くようになっていった。これまで毎日のようにメッセージを送り合っていた関わりを突然に失い、その悲しみを手紙を書くことで埋めたいと考えたからだ。

手紙はこれまでと変わらず、彼女の名前を記して、あいさつから始める──。


「〇〇さん こんばんは」


ぼくたちはお互いに「さん付け」で呼び合っていた。ぼく自身、子供のころからこういう関係に憧れていたこともあったし、何より、お互いの両親が授けてくれた名前を呼び合うことに、不思議な安堵感を抱いていた。ぼくたち同い年の中年カップルは、どこまでも冗談ばかりの毎日で、とても成熟した大人とは言い切れない部分も多々あったけれど、そんな馬鹿げた毎日が、とても愛おしかった。

彼女が倒れたあの雪の日にも、同じ書き出しでメッセージを送っていた。ご家族から危篤を知らされたのは、それから数時間後のことだった。

危篤の報を受けた翌日、離れて暮らしていた彼女の地元へ向かい、それから数日間、容体を見守っていた。時間の経過に伴い、厳しい現実を目の当たりにしながら、同時に「ある選択」を求められることになった。

病院に搬送されたその時から、彼女の意識が戻る兆候は一切見られなかった。それは、あらゆる診断結果からも明らかだった。見守っていた誰もが奇跡を信じていたが、現実は残酷なまでに、彼女の終が迫っていることを告げるばかりだった。

危篤の報を受けた時には、ぼくの到着まで持たない可能性もあると告られていた。それでも、彼女は、ぼくが到着してから3日間も持ち堪えた。


「愛の力ですね」


ずっと寄り添って下さった看護師の方は、そうぼくに伝えてくれた。

残された時間がもうほとんどなくなり、最後の検査が完了するまでの間、ご家族とぼくは身体を休めにそれぞれ帰宅することにした。

彼女の生は、まもなく終を迎えようとしている。だがしかし、遺されたものたちは、彼女の最期の意志を叶えようと、もがいていた。


──新たな挑戦が始まる──


彼女が育った家のなかでひとり、ぼくはある資料に目を通していた。その挑戦が社会のなかでどう評価されているのかを十分に知っておくために。そして、今、ざわめくぼくの気持ちを少しでも和らげるために。

病院へ再集合する時刻は、翌日未明。その場に立ち会うのは、ぼくだけとなった。ご家族は恐らく、ぼくに気遣ってくださったのだろう。最後に2人で過ごす時間を与えてくださった──そう思っている。

挑戦に向けた検査が順調に進んでいる知らせは医療チームから適宜報告が届いていた。時刻は既に日付をまたぎ、出かける時刻が迫っている。そろそろ身支度の開始だ。


──彼女の最期にきちんと身なりを整えたい──


帰宅してすぐに洗濯した服は完全に乾いている。入浴もして身を清め、帰りがけに買った整髪料で髪も整えた。準備は整った。

真夜中にひとり、静まり返った街に佇み、手配したタクシーの到着を待つ──今のぼくに残された務めは、その光景を目撃するための勇気を振り絞ることだけになった。


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