主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【怒りと抑うつのステージ── 母と婚約者 ふたつの死(4)】

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2022年1月29日

精神医学の側面から死についての考察を深めた故エリザベス・キューブラー=ロスによる「死の受容のプロセス」を参考にすると、ぼくは今、「怒り」、そして「抑うつ」の感情に支配されている段階とみていい。

この「キューブラー=ロスモデル」は、自らの死に直面した場合のケースについての考察だと捉えているが、母の喪失に備えて手に入れていた書籍《永遠の別れ》は、愛するものとの死別についても彼女のコンセプトが適応できることが示されていて、母の没後から再読していたところだった。まさにその矢先に、こんなことがわが身に降りかかるだなんて……。


「もう目覚めなくても構わない」


婚約者の危篤の報を受けたその夜から、そう念じながら床に就いてしまうことが多い。

これまでと変わらず、たくさんの人たちがぼくの身を案じてくださっていることは察している。公私問わず「あなたが必要です」と伝えてくださっている方もいる。今、ぼくは決してひとりぼっちになったわけではない。危篤の報を受けて最初に電話したのは兄夫婦だ。彼らは現地で彼女を見守るぼくに励ましのメッセージを絶えず送ってくれた。頼りになる医療関係の友人は、現場の経験をもとに心理的な動揺を抑えるための的確なアドバイスを届けてくれる。帰京後、その報告を兼ねて顔を合わせれば、気の置けない面々がぼくの気を紛らせようと必死になってくれている。ネットからも数々のエールが届けられられる──その有難さを噛み締めながら未だ破られることのないわが幸運を十二分に感じてはいるものの、それでもなお、こんな思いで寝床に就いてしまう自分がいる。

彼女の急逝から遡ること一ト月前──師走の始めに母を喪ってからというもの、夕方以降の時間が怖くなった。あれだけ気持ちよかった夕陽が、見るのも苦しく感じられるようになってしまった。続いて訪れる夜も同様だ──同じころの時間になると、危篤の報を思い出す。そしてまた、「あの夜」と同じことを切り返す──ネット検索をして原因を探ろうとしては煮詰まって、彼女の葬儀で自ら宣誓した思いに反する感情が頭のなかを埋め尽くしていく。すると自ずと動悸が高鳴り、このまま自然に導かれるのではないかと想像を巡らせてしまう……。

それと同時に想いが巡るのは母のことだ。母の死に際し、彼女の死と同様なほど囚われた想いが募っただろうか? 9年という介護者生活の間に構えてきた心の準備と88年という母の人生が、その囚われから遠のかせてくれたのだろうか? 死という同じ事象を目の前にしているのに、この明らかな差はなんだ? ぼくの気持ちの掛け方の違いが彼女を早世に導いてしまったのかもしれない。


──母の葬送に何か不手際があったのか?──


何の因果もあるはずもない。そんな無為な思考が次々と交錯しては結局疲れ果て、明け方に眠りに落ち、午後に目覚める……その繰り返しだ。


──これは、グリーフワークの一環──


そう信じている。

彼女を荼毘に付してからおよそ2週間が経った。離れて暮らした2年半──生活のなかに彼女がいないことは今も変わらないままではあるが、心情はまるっきり変わってしまった。食料を買いに出掛ければ、共に過ごした時間が自然と思い出された。そして「どうしてこんなことになったんだ?」と、また自問が繰り返される。

誰よりも他者のことを気にかけて、自分が感染してしまうこと以上に周りに移してしまわないようにと、自由を手放し感染予防対策を徹底していた彼女が、このコロナ禍に逝ってしまうだなんて……あまりに不公平じゃないか?──実際の結末でしか正確な評価はできないのに、今も荒れ狂う変異株に対して未だ楽観論を盾に自由を謳歌している人たちと、これだけ辛抱を極めてきたぼくたち……望む未来がやってくると信じて「今は会わない」という選択をしたのは言うまでもなくぼくたちだが、そのストレスと不安がどんなものだったか? 他者が仮にその記録をみたところで、その真実には触れることはできない。


──不毛だ──


今さらそんなことをいくら並べても何も生み出さないことくらいはわかっている。誰のせいでもない。自ら下した決断だったのだから──。この望まぬ結果を正確に見つめれば、いつ何時も死と隣り合わせに生きているという条件の下で、人類はやはり平等なのだ。だからぼくたちも勝手放題すればよかったのか? いや、それは違う。ぼくたちの選択は、一刻も早く安寧の世界を取り戻すための祈りだった。叶えられると信じてはいたけれど、それが祈りの本質──現実となる保証はどこにもなかった。


──それでも、その祈りは確かだった──


だからこれでいい……これでいいんだ。


そんな廻る輪の中から未だ抜け出せそうにない。


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