主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【悲嘆に向き合う勇気──母と婚約者 ふたつの死(5)】

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2022年1月30日

今日はこの3週間の間で、最も苦しい時間に直面している。目覚めた瞬間から、既に納得して心に収めたはずの疑義がまた吹き出してきた。わが暴走した想像力は収まる気配がない──ノートに気持ちを書き出してはみたものの、感情の落としどころの糸口が見えず途中で投げ出した。無に近づこうと入浴してリラックスに努め、散歩へ出かけてはみたが、足取りは異常に重たい。道ゆく若者に迷惑と思われるほどのろのろ歩きで向かったのは、いつも買いだしに行く近所のスーパーマーケットだった。しかし日曜日の午後らしくなかなかの混みようだったので入店せず、散歩を続けた。街はそれなりに人が行き交っていて人恋しさが満たされるかと期待したが、叶わぬ期待をしてしまうほど、いまのぼくは弱り果てていたらしい。


──見るに堪えない──


生きていると、公共の場で絶えず何かに苛立ちをぶつけている人に稀に出くわすことがある。今日、ぼくが、この日曜日の街なかで他者の振る舞いを観察し続けてしまうと、まさに今ぼくが、そのような振る舞いを他者に対してしまいそうだった。こんな感情が自分のなかにあり、かつ今すぐにも湧き上がっているのを自覚するだなんて……。


──このうえない恐れや怒り、悲しみに囚われているのだろうか?──


かつては迷惑とさえ感じていた他者の振る舞いに対する見方が変わったような気がした。同時に、この状況でも勝手気ままに振る舞っている人たちでさえも、心のどこかで不安や恐れを感じているのかもしれない──その感情と向き合わないようにするために、勝手に振る舞って自由を勝ち取った気分になっているのか?


──イケナイ──


今は自分のことだけを考えたらいい。すぐにも崩れ落ちてしまいそうなわが身のことだけを……。

もう外にいても無駄だ。無駄どころが、不快だ。


──帰ろう──


こうして気持ちを書き始めた日、酷い動悸に襲われた。「ふたつの死」という問題を直視し過ぎてしまったのだろう。同時に、「こんな私的なことを公にしていいのか?」という不安も募っていた。さらに、これを明らかにすることで、公私に渡るぼくの未来の可能性を狭めてしまうことだってありうる……自分で書き始めておきながら、そんな身勝手な恐れもあった。だが、そんな葛藤を超えて、それでもいいと結論した。


──相次いだ死別経験は、ぼくのパーソナリティの一部になった──


あるとき、その気づきを授かったからである。

無論、目撃した事実やぼくの深層から今も絶えず溢れ出す邪悪な感情は語れないないことの方が多い。書けないことは、自宅に置いたノートに自筆で文字を埋めていっている。そして、毎日毎日溢れてくる彼女への感謝の想いは、送られることのないメッセージとして、電話のメモ機能に綴っている──。

昨夜は彼女を荼毘に付してから初めて、前向きな気持ちで就寝できた。付け加えると、初めて一粒の涙も流さずに、丸一日をひとりで過ごせた。しかし、一度それが達成できたからといって安心しないようにしたい。


──前向きになりつつある段階こそ注意を払う必要がある──


母の介護者時代通じて己の闇間を幾度も覗き、そこから抜け出そうとあらゆることを学んできた通り、小さく前進してはまた大きく振り戻される……その繰り返しだからだ──今日の出来事は、その経験と似ている。

特効薬など、ない。他者の似たような経験から学ぼうと参考にはするが、それが自分に有効かはわからない。


──人の痛みは知ることができない──


究極的に言えば、他者の気持ちを理解することなどあり得ないのだ。自分の気持ちさえ、どこまで把握できているかさえ定かではない。だから「わかる」だなんて言葉を、ぼくは簡単には口にしないのである。


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