主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【あの日から10年──喪失という定めを受け入れる時のなかで】

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2022年10月15日

2012年10月15日──あれから、今日で10年が経った。


──あの時の不安が、今もどこかに棲みついている──


今ごろになって、時折、そんなことを考えるようになっている。

介護者としての時間を全うするということは、その結末に必ず付き纏うものがある。


──喪失──


年齢の順番で終を迎えられるとは限らない──母を介護するなかで、そんな当たり前のことをようやく現実として感じるようになった。


──親より後に逝ける保証など何もない──


だからこそ、親を看取ることができることは、幸運なのだ。それを現実のものとして成し得たぼくは、それゆえに幸運なのである。そのことに、間違いはない。

しかし、「間違いがないこと」と「満たされていること」には、大きな隔たりがある。目的を果たしたからといって、自分が今、安心できているか? 大きな責任を果たし得た達成感に満たされているか? その答えは、NOだ。


──それは、あまりにも厳しい現実だった──


今、こうして実際に喪失を経験して感じている〈何か〉こそが、母が事故を起こした日から覚え始めた「あの時の不安」のことなのかも知れない。


──親を喪うことによって生じるであろう想像もできない不安──


その現実のなかで、今も絶えずもがいている。

随分と若い頃に聞いたある話が、今でもとても強く印象に残っている。


「親を亡くす不安を和らげるために、自分の家族を持つ」


そのころ、未来を期待する相手さえいないころだったけれど、この話を聞いて、とても腑に落ちた感覚を覚えたことを今でもよく思い返す。


──だからこそ、ぼくはすっかり安心していたんだ──


母の介護に40代のほぼ全てを費やし、生活も仕事も破綻しかけた状況を何度も乗り越えてきた。いくつもの波を越えて時が過ぎ、母の調子も崩れる頻度が増え始めていたのは、2016年の春以降のことだ。自宅〜病院〜施設を行ったり来たりするようになっていたが、ぼく自身、母の自宅復帰を強く願っていたこともあり、母のリハビリにも立ち会うなどして、できる限りのことをしてきた。

それでも、もはやその流れは不可逆で、母はもう、ひとりで身の回りのことをこなせなくなりつつあった。そんな頃、ぼくも身体を壊したりし始めていた。


──遂にひとり仕事も介護も両立するのは不可能になった──


そんななか、その流れを母が呼び寄せたかのようにして、申請から入居まで2年近く待つのが通例と言われている特別養護老人ホームへの受け入れが決まった。1日でも長く自宅で過ごしてもらいたい──できれば、自宅で看取りたい──けれど、もう決めなくちゃいけない。いつかどこかで区切りを打つ必要があった。


──その決断を下すのも、ぼくの役目──


慣れ親しんだ自宅から母を送り出し、レンタルしていた介護用具をお返した。次いで、母の安全な暮らしのために整えてきた屋内の設えを片付けていくと、突然にしてあまりに殺風景になったわが家の図が表れた。そこに何とも表現しようのない寂しさが吹き込んできた。

あのころ、虚しさを乗り切るために、まずはもう一度、〈丁寧に暮らすこと〉から始めよう──そう期して、行動した。〈こころ〉が言葉で形作られるのだとすれば、〈からだ〉は当然、食で育まれる──だからこそ、きちんとしたものを自分で拵えて食べることを心掛けた。


──母から引き継いだ台所を、たとえぼくひとりになっても守り通す──


そうしている間に、彼女との時間が始まった。ぽっかりと空いたその空間に、まるで予め決められていたかのように、彼女がやってきたのだ。心と場の隙間を埋めてくれただけではない。ぼくが作る料理を、溢れんばかりの笑みを浮かべながら、美味しそうに頬張ってくれた。それはまるで、かつて母がぼくに見せてくれていた姿そのもののように思えた。


──再び取り戻された〈安心と安全〉──


この言葉が、あの時間の心情を表すのに最適だと思われる。その図を母は直接見ることはなかったけれど、きっと安心してくれたことだろう。

母と彼女が面会を果たせたころには、母はもう、言葉は交わせなくなっていた。けれど、母の手をさすりながら、ぼくを産んでくれたことへの感謝を伝える彼女の優しさは、母にも届いたと信じている。


──自分が信じさえすれば、事実は全て〈真実〉となる──


そう確信する一方で、揺らぐ気持ちはまだまだ消えない。思い残したこと、後悔していること、この結末を招いた因果について、今もまだ、考えない日はない。

いつかの日か、今日までの10年間に体験した事実の全てを〈真実〉として受け止められるようになりたい。それを果たし得たとき、ようやく喪失を受け容れることができるのではないかと、今は感じている。


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