主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【ご縁が繋いでくれた仏壇の閉眼供養(2)】

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2022年11月24日

それは、亡き婚約者が繋いでくれたご縁だった。その声なき想いに応えることもまた、彼女への供養となる──。

そのご縁の強さを改めて思い知ったのは、閉眼供養の日取りがきまったときだった。その日程は、まるで必然に導かれるように、彼女の生誕祭から一週間も経たないうちに設けられたのだ。あれだけ迷っていた閉眼供養が、生誕祭からの流れのなかで執り行えることになるとは……。


──彼女は、ぼくを自由にするために、ぼくの前に現れたのだろうか?──


彼女が先立ってからこれまで、幾度となく、そんなことを思い浮かべた。

もしそうなら、今、授けられたこの〈完全なる自由〉を活かし切りたい──そう思ったからこそ、ぼくは、母と、そして彼女と過ごしたこの家から旅立つ決心をつけたのだった。


──ここからどこまで遠くへいけるだろう?──


それは、決して物理的距離だけのことを意味してはいない。広義における〈成長〉を果たすことが、これからのぼくの〈新たな使命〉なのだ。

母が大切にしていた仏間用の座布団を準備して、部屋を整えた。座布団は、ずっと箱に収められたままになっていた。恐らく京都を出てから今日までの五十年間、まったく触れられずに保管されていたはずだ。箱の中がどうなっているかと思うと不安だったが、流石は総絹張りの立派な仕様ゆえ、虫食い穴ひとつなく、それは実に美しい輝きを放っていた。

自分の作品展示のために鍛え上げた空間整理能力を総動員して部屋を整えた。わが家には仏間がなく(京都での暮らしで日本間を維持する手間から解放されたかった母の選択だった)、殺風景にも見えるため、母が授与された花道の師範代の看板を添えてみることにした。これは、母を荼毘に付す際、一緒に葬ろうと葬儀場に持ち込んだものだが、焼け残る可能性があるとのことで持ち帰ってきたのだった。

そうした経緯を経て、今日、このようなかたちで役立てられた図を見つめたとき、ぼくはいつものように、その単なる偶然の出来事に、新たな意味を見出そうとしていた。


──すべては、予め綴られた物語なのかもしれない──


支度が整ったあと、供養をお願いしたご住職を迎えにいく時間になった。ふと時計に目をやると、母の誕生日と同じ数字を指していた。

そして、まだまだ奇跡は続く──。

今日は列席できない兄夫婦に部屋の様子を記録して送ろうと、撮った写真を確認していたところ、ぼくはまたもや、その〈偶然〉に驚かされることになった。


──やっぱり今日もそばにいてくれたね──


写真を収めた時刻は、彼女の誕生日と同じ数字だった。

あの日以来、ずっとこうした数字のサインがぼくのそばに出現している。彼女が誰よりも再演を楽しみにしてくれていた舞踊作品の準備期間中もそうだった。ふたりはいつもぼくのそばにいて、はっきりとわかるかたちで、ぼくに知らせを届けてくれる──迷っているとき、不安なとき、悲しいとき、歓びのとき、前に進むべきとき──そして、労いのとき……。

誰にでも授けられるわけではない、とてつもない〈大いなるもの〉が、ぼくに届けられたのだろう。こんなにも悲劇的な死別の連鎖という代償と引き換えにして──。

閉眼供養は、時間にしてみれば、束の間のひとときだった。それでも、お教に耳を澄ましていると、自ずと溢れるものが感じられた。言葉にはし尽くせない、素晴らしい時間を味合わせていただいた。

最後にご住職に促され、この場の唯一の列席者として線香をあげ、目を瞑り、手を合わせた。そして、わずか一音だけお鈴を鳴らし、その永い余韻が静まるまで、この空間にこだまする響きに意識を集中していた──音色が鳴り止んだあと、ふと気づいたことがあって、ご住職に今日のお礼と共に、お伝えした。


──この五十年で、一番綺麗な響きを奏でられました──


鈴は、その響きが、極楽浄土まで伝わるのだという。この、ぼくが奏でたなかで最も美しい今日の音色は、ぼくを絶えず見守ってくれている何代も何代も先のご先祖様が棲む彼方まで届けられたに違いない。そしてもちろん、母と彼女にも。

閉眼供養を終えてしばらく日にちが経ったとき、感じたことがある。


──この仏壇を閉じ、ご先祖様の魂を解放したのは、このぼく自身──


同時にこれで、この家に対してのぼくの役目を終えたと思えた。それはまさしく、ぼくが〈完全なる自由〉を得て、羽ばたく時が訪れた知らせでもある。

あの鈴の響きは、これまでのぼくの人生の終わりと、これから行く生まれ変わったぼくの人生の、その〈はじまりのとき〉を告げる音色だったのだ。

いつか手にする未だ見ぬ「今」を目の前にしたとき、今日のことをどんな風に思い出すのか? そのときを楽しみに待ち侘びたい。


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