主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【或る区切りとして──叔父と叔母の墓前にて2021】

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2021年11月10日

悲しい出来事があった。

感情を容易く言葉に置き換えられるなら、きっとすぐに楽になれるのだろう。これまでも無数の感情にラベリングを施してきた。


──こんなときに混乱しないように──


これは「痛い」
これは「苦しい」
これは「辛い」
これは「悲しい」
これは「・・・」


しかしこうした分類に当てはまらない感情もある。仮に当てはまったとしても、その下層のサブカテゴリーに細部化されていく・・・そうして結局、どこまでいっても、この想いは収まるところを知らず、彷徨ったままになる──今の感情はまさにその類いに他ならない。

そんなことを思いながら、日が出る方角へ向かって車を走らせていた。


──叔父と叔母の墓前へ──


ここへ来るたび思い出されることがある。


──区切りをつける──


何かを変えたかったり、足りなくなったものを埋めたくなったり、止めどない想いに終止符を打つために、ぼくはここを求めている。実の親以上にぼくのことを気にかけてくれたお二人に、ぼくは今もすがっているのだ。

社務所で花束と線香を揃え、桶に水を満たして墓前へ向かう──霊園内には絶えず水が流された小さな水路が設けられていて、水流の音色が心地よく耳元をかすめていく。こだまするこの微かな水の音色が、ぼくの心象に広がる静けさを、より色濃いものにしてくれている。


──白妙菊?──


叔父と叔母の墓石を両側から支えるように、大きく育った葉がそびえていた。その様はまるで、立派に成人した子供たちが老いた両親を抱き抱えるようで、或る不安で心を硬らせたままのぼくの緊張を少しだけ和らげてくれた。


──叔父と叔母を知る全ての親族は今も健在──


その幸運をお二人に報告した。たとえ意思の疎通はとれないとしても、我が母も未だそこに含まれているのだ。こんな危機の真っ只中にいるというのに・・・。


──生きていることこそに意味がある──


その悲しみを超えるための誓いのような想いを込めて、墓前に手を合わせた。と同時に、意識は隣の墓石に向いていた。

ここへ「今」来たかった理由は他にもある。叔父と叔母の墓の隣りにある墓石に気づいたのは、何年前だったろう?


──9ヶ月だけのこの世──


「今日」は、誰に等しく約束されたものではない──その事実を知らせるメッセージのように、あるときこの墓石に目が止まった。

刻まれた生前のお名前を見ると、ご両親がお子さんに託された願いが十二分に伝わってくる。誕生は、ぼくより少しあとのお生まれだったようだ。


が・・・。


まさか・・・こんな偶然を望んでいたはずもない。

これは残酷な現実の表象か? それとも救済のメッセージか?


──果たして、命は自分のものなのだろうか?──


これまでの歩みのなかで、何度か深く考えさせられた問いが、再び意識の最上層へ浮上した。

この命は、親からの授かりもの。それはいわば「預かっている」ものではないのか? ならば・・・。そう、こんな話をする時間は、過ぎるほど十分にあったはずだった。


──後戻りのできない選択は、しない──


進んだ先に、望んだ「今」があるとは限らない。だから、道を間違ったら後戻りしてやり直せばいい。だからこそ、生きている必要がある。何度でも何度でもやり直すために。

もしも、進んだ道の先で、真に望んだ「今」に巡り会えたというなら、今すぐぼくに教えておくれ。

しかし、君がこうして無言を貫くのは、なぜだ? その望んだ「今」を独り占めしたいわけじゃないだろう。それとも、この浮世の苦しみを、絶えずぼくの傍らで共に味わってくれているとでもいうのか?


──「今」こそ奇跡──


「今」という瞬間は、この地上の誰もが未だ味わったことのなかった〈初めて〉の「今」なのだから。

ぼくがずっと君の傍らで語ってきた無駄話は、全部〈真実〉だったということを、まさに「今」、感じてもらえていたらと願う。そうさ、「今」のぼくには、もはや、そう願うことしかできないんだ。


──これが区切り──


己を何かに囚われてしまわないうちに、ぼくは後戻りしてやり直すよ。そのための忠告として、君のメッセージを受け止めることにする。


──有難う──


先人は偉大だ。「有る」ことは「難しい」と知っていて、こう綴ったのだから。ぼくたちが「今」ここに「有る」ことも、易しいことなんかじゃない──それを昔から「有難い」という言葉に託していたんだよ──。

そう伝えられなかった無念さが、日を追うごとに降り積もっていく。


──でもいつか、この感情を手放せる日が訪れる──


言葉はある種の呪い(まじない)である。故にぼくは、この言葉を呪いとして自らへ託する──真に望む自由に抱かれる日を迎えられるように。


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