主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【幸運に抱かれて】

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2018年3月14日

午後、母の特別養護老人ホームの面談が行われた。この面談をもって入居が確約されるわけでも、いつまでに入居できる保証があるわけでもないのだが、気分は、面談が決まったころから、ずっとざわついている。

身支度を整えて家を出ると、思わぬ春の気配に、なぜだか突然、憂鬱な気分に襲われた


──冬が終わってしまった──


もしかしたら、春という季節を、ぼくはあまり好きではなかったのかもしれない。


──本当に、そうだっただろうか?──


駐車場まで歩きながらそんなことを考えていると、突然、憂鬱な気分のわけがわかった気がした。


──ぼくは既に、選択しているんだな──


2つも3つも同時に可能性を携えているということは、何も選択する気持ちがそこにはないこと。そして、悩んでいるうちは、何ひとつ決めるつもりがないこと──それが、この5年半の介護者生活のなかで得た気づきだ。

今日の真昼の憂鬱は、既に選択してしまった自分への苛立ちと憂い、そして母にどんな顔で会えばいいのかわからなかったからに違いない。

約束の時間より少し遅れて、母のいる介護老人保健施設へ到着した。面談にきて下さった相談員の方とケアマネジャー、そして母は既に席に揃っていた。


「初めにご家族の方とお話したいそうです」


そうケアマネジャーから伝えられ、これまでの経緯などを順を追ってお話しさせていただいた。実際に話を始めると、克明に憶えているのは始まりのときのことばかりで、特に最近の、今に至るまでのことが、ぼくの中でも少し曖昧になってきていることに気づいた。母が、脳梗塞〜心臓冠動脈瘤カテーテル処置〜敗血症と入退院を繰り返していた時期が、それぞれいつ頃でどれだけの期間だったのか? はっきりと思い出せなくなってきている。

 


──数えきれないほどの心の移ろいがあった──

 


それを都度、書き綴ってきたことで、記憶への定着を緩めたのかもしれない。


──もう忘れてもいいこと──
──思い出したければ読み返せばいい──


面談の終わりに、質問を促された。これを訊いてしまうと心証を害することもありうるのだが、訊ねないわけにはいかなかった。


「この先、経口での食事が不可能になった場合、入院等を経て胃瘻が求められるケースも考えられると思います。今の考えでは胃瘻を選択しないつもりでいるのですが、その場合でも、継続的にケアを引き受けていただけますか?」


「緩和ケアや看取りも行なっています。ご本人、ご家族が望まれない場合は、入院を選択せずに施設で見送ることもしています。実際には、施設での看取りを選択される方が当施設では多いです」


──母とぼくは、やはり幸運に抱かれている──


心からそう思った。

先へ進むことについて、だいぶ頭を悩ませていたけれど、もう、何も案ずることはない。そう確信した瞬間だった。


施設内での母の様子など、ケアマネジャーを中心にいくつか確認をされ、今日の面談は終了した。このあと、判定会議を経て、受け入れ可能かどうかの判断が下される。よほどのことがない限り、大丈夫とのことだったが、空きが出るまで、これからどれくらい時間がかかるかわからない。


「あんたのことが頼りや」


今日もそう言ってくれる母に、十分に応えられるように一日も早くなろう。残りの時間がどれだけあるか、わからないのだから。


面談を終えたあと、いつものように、母と少しお話し──あまり話題もなかったのだけれど、母はぼくをじっと見つめて、和かに微笑んでいた。丁度今、入歯が破損して、歯抜け婆さん状態で、顔もシワシワになってきているけれど、どういうわけか、赤んぼうをみているような可愛らしさを覚えた。

それはまるで、ぼくが未だめぐり合うことのない「まだ見ぬ我が子の姿」まで、母が映し出してくれているようだった。

傍にいらした職員の方が声をかけて下さった。


「お顔が似てますね」


そんなこと、自分では思ったこともないのだけれど、最近になって、人からよく言われるようになった。


「笑顔がとくに似ている」


ある知人からはそう言われたことがある。


──母は、ぼく自身をも映し出してくれている──


今日は、優しかった叔母の命日。先立ってからもう9年──。その間もずっと、ぼくたちを支えてくれていたに違いない。


──ありがとう──


おばさん、落ち着いたら、お墓参りに行くから。


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