主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと

【2009年】

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2021年6月27日

朝、居間の壁に掛けたカレンダー表示付きの時計に目をやる。すると、電池切れになったらしく表示が消えていた。

こうした電化製品は、とても少ない電力で動作するのか、電池交換サインがでようと、そのまま使い続けることができたりする。この時計もまさにその類で、もう何年もの間、電池交換しないまま動作してくれていた。

気づくなり電池を取り出して、即座に充電を開始。
数時間が経過し充電を終え、フル充電された電池を戻すと、カレンダー表示は、2009年1月1日となった。


「そうか、2009年の元旦は、大安だったんだな」


その瞬間に、当時の記憶が次々に蘇ってきた。2009年は、自身の創作に明け暮れた年だったから、特によく憶えている。

年の始まりはいつもと変わらず、何の予定も決まっていなかった。2003年以来の個展も突然に決まり、慌てた準備は苦難続きで、「なんでこんなことばかり」と、思うように運ばない毎日に激しく苛立っていた。

そんな不遇続きのなかで舞い込んだのが、台湾へのアーティスト・イン・レジデンスのチャンスだった。当時、38歳──初めてのレジデンス体験にしては遅すぎる(あり得ない)年齢だったが、世界各国から集まったアーティストたちと現地で巡り合ったすべての人たちと過ごしたあの10週間は、まさに奇跡のような時間だった。

帰国してからも勢いは止まらず、年末のクリスマスイルミネーションの仕事へ向けての準備から韓国での作品展示のための交渉など忙しくしていた。その間には、めでたく文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出された報を受けるなど、一年を終えるときには、年始に溢れていた苛立ちはすっかり消えうえせていた。

こうした経験は、それまでも何度もあった。


──辛抱してよかった──


もちろん、そのあとも再び、いや、何度も奈落の底に突き落とされる出来事は続いた。


──きっともう、今度こそ、これが底だ──


そう思っても、まださらに、深い闇があるのだと思い知らされることになった。


──このコロナ禍は、まさに最新の「闇の底」だ──


この一年半もまた、これまで繰り返してきたとおりに、自分に言い聞かせてきた。


──大丈夫。どうにかする──


しかし、何事にも限界はある。ぼくの辛坊強さも、とっくに限界を超えている──そう気づいたのは、この春先のことだった。


──もう一年は辛抱が必要だな──


そう感じた途端、明らかなエネルギー不足に陥っている感覚を覚え、強い疲労に悩まされることになった。昨年中止になった公演を2つ終えて、責任を果たせた安堵感も影響したのかもしれない。

創作の真っ只中で、「もうこの流れは止められない予感」はしていた。特に音楽を仕上げるために音に集中し過ぎると、身の回りのあらゆる音に過敏になる。普段なら気にはならない物音はもちろん、人の話し声から「気配」に至るまでが、全て聴き取れるようになってしまう。ときには自分の呼吸音さえ邪魔に感じることもある。そうなると、自ずと心の余裕が失われていく。加えて、年齢を重ねたことで自律神経の働きも弱りがち・・・そうして作業に追われ眠ることさえままならなくなれば、結果は予想がつく。

感情が抑えきれなくなりそうな瞬間を俯瞰した目線で自覚しながらどうにか自制しようと試み、それが思うようにいかない自分を嫌悪する──ひとり自分の殻のなかで実に忙しない馬鹿げた状態だ──現実逃避することでしかこの思考からは逃れられそうにないが、人と会うどころか、酒を浴びることさえはばかれる日常・・・ただひたすらに明日が再び来ることを信じて不貞寝するしかできることがない──参った。

今にも狂いそうな毎日のなかでどうにか正気を保つには、何より「食」だと、今日は3品、作り置きのための料理を拵えた。その後片付けまでを終えたときである。充電が完了していることに気づいたのは。

ひと息つこうとコーヒーを淹れて、ずいぶん久しぶりに見返したくなって中古で仕入れ直したライブ映像を再生した。


──Steve Vai “Where the Wild Thigs Are”──


自分の世界を生み出し、ときにマニアックと称される楽曲を生み出しながらも、見事なショーマンシップとポジティビティに満ちた創作への姿勢は尊敬に値する。この記録は、バンドに2本のバイオリンを加えた編成で見せ場が多いことはもちろんだが、バンドの仕上がりがピークに達していて、とにかく「音がいい」ことが心地よい。

久々に浴びた名演に呆気に取られつつ、もうひとつ思い出したことがある。


──この作品も、2009年の発表だった──


あれから12年──ぼく自身、かなり進歩しているじゃないか。


──大丈夫。きっとなんとかする──


ここを超えた先に振り返ると、そこには進歩の跡が刻まれているに違いない。


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