主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【海を超えて贈られた願い】

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2021年3月12日

復帰作とも呼べる音楽映画作品《キネマムジーク》を仕上げてから、完全なる放心状態に陥っている。のんびりしている間などないというのに、なにも手がつけられない自分に苛立ちを覚える気力さえない。この1年、いやこの10年の想いを込めた作品を吐き出したのだから、こうなっても仕方あるまい──思いつくのは、そんな言い訳ばかりだ。いつまでたっても、加減の仕方を覚えられないらしい。

今回の制作では、1つの目標があった。まさに今、こんな状態に陥ってしまわないように、毎日を丁寧に暮らしながら、無理のないように仕事を進めていくこと──作品が完成したときには、それが叶った、と思ったのだが、この難局を乗り切るため、脳内に過剰なアドレナリンが分泌されていただけの事だったらしい。その余剰分が尽き果てた今、いつもと同じように・・・そういつも作品制作を終えたらこうなるように、ただ毎日目覚めて食べて眠るだけになっている。

そんな毎日をしばらく過ごすなか、ぼんやりと家事をこなしていると、珍しく夕方に郵便局が届けものにやってきた。そう言えば少し前に、台湾の友人がぼくに贈りものがあると住所を訊ねてきたのだった。過去にも似たような理由で彼女に住所を伝えたのは何度あっただろう? 


「ぼくはここに暮らして30年になるんだけど」
「私もあなたの住所を訊くのは3度目だわ」


そんなやり取りを済ませて、しばらく時間が経っていた。

今日、願いが込められたお守りが、台湾からぼくのもとに届けられた。こんな時代に、ぼくのことを思い出して、外国から気持ちを届けてくれるだなんて・・・。


──ぼくは幸運──


そうお礼の返事を送った。

ハーブが包まれたお守りらしい。密封されたパッケージを開けると、2009年に過ごした台湾での10週間の記憶が一気に蘇った。


──黄金時代──


ぼくらは、あの時間のことをそう呼んでいる。すべての出逢いとすべてのエピソードは、奇跡としか言いようがなかった。それくらい掛け替えの無い時間を過ごしていたのだ。無論、夢心地ばかりでいられたわけではないが、あんなに見事な時間をぼくが実際に過ごしたのだと思うと、ぼくは絶えず、幸運に見守られているのかもしれない。

そう、たとえそれが、そのとき望まない出来事だったとしても、その経験から何か新しい毎日が生まれてゆく──ずっとそうやって生きてきたことを、今日、届けられた願いが、ぼくにその信実を思い出させてくれたのだ。


「いつか今を超えたとき、また台湾で逢いましょう」


お礼のメッセージをそう締めくくった。思えば、最後に台湾に向かったのは、2012年の旧正月のころ。それ以降、ぼくは母の介護者としての日常を過ごすことになった。予期せずして襲われた大波をやっとのことでどうにか乗りこなしていた最中の新型ウイルス危機──別の波が重なって、その振幅がより増幅している真っ只中ではあるが、二つの波はうまく波長を整えれば、打ち消し合い、鎮めることもできる。この1年は全力でその調整に勤しんできた。少しは穏やかになったのか? それとも、増幅し巨大化した波までも乗りこなせるようになったのか? 今はまだ、どの状況にいるかさえもわからない。


──今、できることをする──


ぼくには、それしかできない。その唯一できることを一刻も早く取り戻せるように・・・今はそのときのための休息──そう思うようにする。


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