主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【ぼくが母のもとに授けられたわけ】

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2018年1月11日

 

昨日の午後、森を見渡せる席を陣取って、老健/居宅2名のケアマネジャーとの面談が設けられた。この先、二タ月ほどの期間について、母の帰宅スケジュールおよび介護支援サービス選択を確認しあった。

 

場の空気といい、職員の皆さんの雰囲気といい、ここは相当に居心地のいいところである、と、面談のあいだ、ずっと考えていた。面談の最後に

 

「何か質問や不安なことはございますか?」

 

と促されたされたので、

 

「この先の施設に移った場合に、ここで感じている居心地の良さを覚えられるか心配です」

 

と、素直に気持ちを届けた。

 

無論、それは解決のしようのないことなのだけれど、今が、母に、そしてぼくにとってあまりに穏やかな日々ゆえに、自ずと不安を募らせてしまう。

 

これまで、居宅介護支援のケアマネジャーをお願いしたときも、そして老健に移ってきたときも、事前に面談の時間を設けられる猶予がなかったため、まさに「飛び込み」で頼った状態からだったのだが、いずれも頼れる方々に担当していただけたのは、何より幸運なことだったと、今になって強く感じるようになった。

 

この先の一手は、原則的に、最後の一手になる。否が応でも、慎重にならざるを得ない。

 

この5年のあいだに積み重ねてきた「母との選択」だけに限らず、これまでの自分に関わるすべての選択で学んできたように、思い残しのないようにしたい。

 

 

──母の生を完遂させるために──

 

 

そのお手伝いをするのが、ぼくが母のもとにやってきた理由のひとつだろうから。

 

 

──誰も知らない今日をゆく──

 

 

この心の揺らぎは、収まる術を知らない。

 

 

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【肌触り──その場とそこにいる人たちが放つ空気】

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2019年1月9日

 

特養老人ホームへの入居希望を出すにあたってそろそろ目を通しておくべきかと、手に入れたままだった本を開いた。

 

昨年亡くなられた日野原医師の解説を先に目を通すと、一言一句に深い同感の意を覚えた。寝床に移って早速本編を読み進める──。

 

これから先に迫られる選択、そしてその選択が引き起こすかもしれない事象について、予め現場の「今」を知っておきたい。

 

 

──しかし──

 

 

苦しくなった。

 

紹介されている現場で起こった様々な実例の一つ一つが、はっきりとイメージできてしまう。それだけ、ここに綴られた内容が「現実」を映しているということなのだろう。

 

 

──わずかに吐き気も感じる──

 

 

脱力して床に沈み、呼吸を整える。耳を澄ますと、降り続けている雨音が聴こえた。

 

 

──命を賭してぼくを生んでくれた母に、ぼくはどこまでできるのか?──

 

 

「無理な延命措置はしない」と約束していても、医療と介護の現場の狭間で、本人と家族の意思が貫けない場合もでてくる。

 

 

──そうならないために──

 

 

じっくりと耳を傾けてくれる住処と出逢いたい。

 

周りの評判も気にはなるけれど、やはり、実際に出向いて話をしてみないとわからないことがある。

 

 

──肌触り──

 

 

その場とそこにいる人たちが放つ空気──。

 

怖いくらいに、ぼくはその「空気」に敏感だ。いつ育んだのかしれないこの業を、今こそ発揮したい。

 

 

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【Nくんと空豆】

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2018年1月8日

 

空豆を皮ごと食べると美味しいと教えてくれたのは、小学校のクラスメイト・Nくんだった。

 

お家で八百屋さんを営んでいて、遊びに行くとオヤツに色んな野菜を食べさせてくれたけれど、今でも憶えているのは、空豆のことだけ。

 

茹であげられた空豆がざるにあげられていて、それを促されるままひと口つまみ食い。

 

 

──美味しい──

 

 

あれからずっと、皮ごと頂いている。

 

それにしても「空豆」とは、なんて素敵な名前なんだろう? カタチも愛らしい(と言いながら食べちゃうんだけど)。

 

今度は冷凍ものじゃなく、あのときのように、生を茹でたい。

 

 

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【忘却の砦】

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2018年1月8日

 

いつ以来の雨だろう?── 。

 

見事な曇天の空を見上げながら、引出物に頂いた真新しい紫色の傘を差して、夕暮れ前、面会に向かった。

 

 

──スポーツ新聞全紙──

 

 

正確には5紙だが、星野仙一が一面に上がっていたものすべてを差し入れた。施設に着くと、母は午後の休憩の時間に入っていて、居室で横になって他の新聞を眺めながらくつろいでいた。

 

顔を合わせてまずは挨拶がわりに一言。

 

 

──「誰だかわかる?」──

 

 

もうこれは、ちょっとしたクイズだ。近頃では母と顔を合わせるときはそう訊ねるようにしているが、少し迷いながらも答えを呼び覚ますようにして思い出してくれる。

 

しかし今日の最初の回答はこうだった。

 

 

──「どなたですか?」──

 

 

「おぉ、いよいよ全部忘れたみたいだな」

 

そう切り返すと、母はいつものように顔をクシャクシャにして笑い始めた。

 

何がそんなに愉快だったのかわからないが、笑いのツボにはまったらしく、息つく間も忘れてしばらく笑い続けていた。

 

 

──「ほら、深呼吸、深呼吸」──

 

 

呼吸できなくなるのではないかと案じるほどだったのでそう指示をだしたものの、随分前から、意識して呼吸をしようとすると却って混乱する様子があったのを思い出した。

 

今日も見事に、「吸って、吸って」の状態になり、呼吸が覚束ない。

 

 

「ゆっくり落ち着いて、まずは息を吐かなくちゃ吸えないよ」

 

と改めて伝えると、ようやく落ち着きを取り戻し始めた

 

 

「息子を殺人者にするつもりかい?」

「あんたが来てくれて嬉しかっただけや」

「嘘つけ、思い出せなかったくせに」

「冗談で言うただけや」

 

 

ここまで会話が交わせれば、それだけで十分だった。

 

今日の母は、最近よく口にする

 

「ここに居ると時間がすぐに過ぎるからいい」

 

という話を何度も繰り返した。

 

それは、早くあの世からお迎えに来て欲しいと願う気持ちなのか、それともただ、退屈を訴えているのか…無論、ぼくにはわからない。きっとそれは、本人にもわからないのだろう。

 

正常と言われる認知力があったなら、過ぎ行く時間の狭間に深い思考の淵にはまり込んで、ぼくなら闇に沈んでしまうかもしれない。

 

 

──そうならないために備えられた忘却の砦──

 

 

日々、母がぼんやりとしていく様は、決して嘆くことじゃない。それは、苦悩や苦痛、無情、無念から少しずつ遠のいている証し。

 

 

 

──人はきっと、「無の境地」にたどり着くためにこの浮世に解き放たれたに違いない──

 

 

母をみまもって5年と少し。今ではそう思うようになっている。

 

 

「最近、あんたに横浜に連れて行ってもらったことをよく夢に見るんや」

 

 

突然、母がそう口にした。

 

 

「音楽を聴かせてくれるやろ」

「ネッスンドォ〜ルマァ〜」

「ヴィンチェロォ〜ヴィン、チェ〜ロォ〜」

 

 

バヴァロッティが歌うプッチーニ作曲〈誰も寝てはならぬ〉の冒頭と終わりを母は笑いながら歌い出した。

 

 

「Vinceroってのは、Vincereの未来形、勝つって意味や」

 

 

先月、横浜までの歯科受診へ向かう道中に、車のなかで歌を聴きながら母がそう言い出したことを思い出した。昔は、テレビを観ていても自分が知っている外国語が聴こえると、「これは〇〇語で〇〇って意味やな」とよく話してくれた。今も日本語を忘れないのと同じように、言語に関する記憶は定着しているらしい。

 

 

──勝つ──

 

 

今のぼくに必要なこと──。

 

 

もうそろそろ母の誕生日。昔熱心にやっていたNHKラジオ講座のテキストでも贈ろうかな。

 

 

短い時間だったけれど、今日はなんだか、2人してよく笑った。

 

どうかずっとこのまま、穏やかな時間が過ごせますように。

 

 

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【二度とは来ないそのときのために】

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2018年1月8日

 

三層に連なったグラデーションの夕焼けを見るのが好きだ。最近は、この景色を、施設の東の窓辺から、母とぼんやり見つめている。

 

 

──なんの感情も覚えないひと時──

 

 

こうした瞬間もまた、人は自ずと〈幸福〉を感じているのだろう。

 

厳しい寒さが迫る季節、特に今年は前倒しで大寒を思わせる厳冬がやってきている。高齢になると、まるで自然の一部に帰るかのように、環境の変動に敏感に寄り添うようになる。母もまもなく85歳。女性の平均年齢には未だ届かないとはいえ、いつ何が起きても不思議じゃない。

 

そしてもう一つ、逃れないのが「誤嚥」の可能性。そこから肺炎を起こすパターンが高齢者にはつきまとう。

 

 

──無理な延命はしない──

 

 

そう確認しあってはいるが、叶うことなら、終の瞬間には、家族で揃って見送りたいと願っている。

 

 

この一年、母が自宅を離れてから、ぼくの暮らしには、いくばくかの隙間ができた。

 

 

──時間・空間・睡眠・孤独──

 

 

けれど、心のなかのざわめきは、また違う次元へと移り変わっただけで、収まる気配がない。

 

 

──いまできることを──

 

 

直接的な関わりが薄まってきたこの一年の間も、常にそう思って取り組んできた。

 

 

──これから先、何ができるのか?──

 

 

──二度とは来ないそのときのために──

 

 

「遣り残しなし」と豪語する母の人生を完遂させることを、頭の片隅に常に置いておきたい。

 

悔やむことのないそのときをお互いに迎えられるように。

 

 

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【この呼吸が尽きるそのときまで】

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2018年1月7日

 

この季節らしい澄んだ空に、東へ向かってゆっくりと雲が流れる朝、寒さに肩をすぼめながらひとり歩いた──。

 

朝陽を浴びて映し出された月が西の空に浮かんでいる。その様子をぼんやり見上げていると、このところよく思い浮かべていることがまた頭を過ぎった

 

 

──人はどこからきて、どこに戻るのか?──

 

 

その終をもってまでも、人は遺されたものに語りかけてくる。この巡り合わせは、きっと偶然じゃない。いつまでも放蕩を繰り返すぼくに、厳しく釘を刺していただいたような…そんな気がしてならなかった。

 

さあ、そろそろ支度を整えて、前へ進むとき。この呼吸が尽きるそのときまで。

 

 

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【音楽のちから──ベイビー銀ちゃんたちから捧げる詩】

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2018年1月8日

 

週末は面会が混み合うのであまり足を向けなかったが、そろそろ衣類が足りなくなるころだったので、陽が落ちる前に施設へ向かった。

 

到着すると大広間はがらんとしていた。母も居室で寝ているのかと思ったが見当たらない。職員の方に訊ねてみると、「音楽クラブ」に参加しているとのことで見学させてもらった。

 

 

──ピアノ伴奏!──

 

 

カラオケじゃないところがとてもよい。

 

入居者の方にピアノが弾ける方がいらっしゃると以前伺ったことがある。でも、半身不随とのことで、左手だけで演奏されるらしい。施設にいくと、よくピアノの調べが聴こえてくるのだが、おそらくその方が練習されているのだろう。

 

見学に伺ったときは、ちょうど最後の一曲を歌い出す前だった。

 

 

──〈今日の日はさよなら〉──

 

 

歌い出しを間違える方がいたり、歌詞カードがあるのに自由に歌ったり…保育園の歌の時間を思い出す雰囲気だった。その様子をみていて思った。

 

 

──銀ちゃん──

 

 

シルバーの髪のをしたベイビー銀ちゃんたちは、いま、赤ちゃんのころに戻っている。

 

左手一本の演奏は、メロディが中心だったけれど、要所にはきちんと和音を組み込んでいた。解散時、その方が車椅子に忍ばせていた譜面の表紙は「赤本」。受験の過去問題集じゃなくて、昭和の歌謡曲を網羅した譜面集。だいぶ使い込まれていた。

 

演奏が終わると、母は誰よりも早く手を叩き始めた。それは、かつて一緒にオーケストラやオペラを観に行ったときと同じ光景だった。

 

 

──嗚呼、なんて微笑ましいことか──

 

 

締めくくりに全員で深呼吸をして、1時間ほどのクラブ活動はお開きになった。

 

母の車椅子を押して部屋に帰り、いつもの席に座らせるため、少しだけ介助した。

 

今日の手土産は、チョコレートと新聞。母に見せたい記事があった。

 

 

──星野仙一の訃報──

 

 

大阪生まれの母が阪神タイガースを応援するようになったのは、星野監督が就任してからだった。ちょうどケーブルテレビに加入したころで、毎日、全試合を試合開始から終了まで通して観戦することができたから、食事時に一緒によく観たことを憶えている。長い低迷期から抜け出し就任2年目にはリーグ優勝を果たすなど、その後の礎を作った最も盛り上がりをみせていた時期だった。

 

 

「嫁いだころは野球なんて何が楽しいん? と思ってたけど、今は野球がないと暇や」

 

 

シーズンオフにそう言い出すほど当時の母は熱中していた。

 

訃報のことは、あまりよくわかっていない様子だったけれど、今日は明らかに言葉もはっきりしていて、会話ができる印象だった。

 

 

──これこそ目に見えない音楽のちからなのだろうか?──

 

 

また風邪をもらったのか、少し身体が怠いと話すと

 

 

「疲れるから、早よう帰っておやすみ」

 

 

と…。

 

 

──いくつになっても、親子の関係は、永遠に変わることはない──

 

 

それにしても、ちょうど出向いたタイミングで〈今日の日はさよなら〉か…。

 

まるで、訃報に捧げるかのような歌声だった。

 

 

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