主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【目と耳の検診から知る心身チューニング法(2)】

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2021年10月13日

続いて耳鼻科へ。待合で順番を待っている最中に、既に体力の限界に達しようとしていた。しかも、検査のための点眼薬で開放されたままの瞳孔には、病院内の白くて明るい照明がとても堪えた。瞼を閉じても強く光を感じるため、まずは俯く──それでも効果なく、今度は両手で目元を塞いだ。厚みのある手のひらの土手の部分を当てると、体温によるほのかな暖かさを覚えた。


──嗚呼、なんて暖かいんだ──


そのとき不意に、ある記憶が呼び覚まされた。あれは、ぼくが在宅介護者としての敗北を感じた日の朝のことだった。


「大きくて暖かい手や」


車に案内しようと母の手を引くと、母は少しはにかんだ様子でこう応えた。


「あなたが産んで大きく育てた手だよ」


ぼくは確か、こんな風に返した気がする。

その日は、ひとりきりで母と向き合う日常に限界を感じて、ショートステイサービスへ母を預けることにした最初の日だった。


──自宅で過ごしたい──


母がここで過ごす時間を1日でも長く保ちたかった。叶うことなら、この家で終を迎えてもらいたい──その願いがもう実現できないことを証明するような、とても象徴的な朝だった。そしてそんな日に、母はなんとも忘れ難い言葉を、手を強く握り返すというやはり忘れ難い感触を伴って、ぼくに授けたのだ。

母がゆっくり老い始めたとき、ふと思ったことがある。


──母の手の感触はどんなだったろう?──


握手やハグの習慣がない日本人にとっては、親の肌の温もりなど「忘れたまま」に日常を過ごしていくが当たり前だが、ぼくはどういうわけか、記憶にあるはずのその感触を呼び覚まさぬままでいいのか?──そんな疑問を抱いていた。

その欲求を必要以上に満たすように、その後は、母の入浴介助はもちろん、下の世話、そして緊急時に2階の寝室から母を担ぎ下ろすため、大人用の抱っこ紐を購入して、母をおんぶする日まで迎えることができた。


──これで、おあいこ──


幼きぼくに母がしてくれたことをすべて母に返した──そう思える瞬間だった。

あれは、母が特別養護老人ホームに入居するまえのことだから、既に3〜4年ほど時間が経ったことになる。時が経つのが早く感じるのは、きっと、自分の置かれた状況になかなか変化が起こせないからに違いない。それをなんとかしようと抗った結果の断片が、このドライアイと耳の不調として現れたのだろう。

それだけではなかった。この4年間、どれだけの危機が身体に起きたか? 2017年には、初夏〜秋口にかけて、全治4ヶ月を要した股関節痛に見舞われた。翌2018年の夏には、ほとんど眠らない状態で1週間の出張を乗り切り、帰京後、胸に痛みを覚えて救急搬送を自ら依頼したこともあった。2019年は重い荷物を背負い出掛ける出張が続いた年となり、秋には限界を来たし、背中に激痛がはしるようになった(現在も治療中)。同年末には、出張先で呼吸困難を発症。ことなきを得て帰京するも、その後息苦しさが取れぬままほぼ1年を過ごすことになった。

かつてこんな言葉を聞いたことがある。


──名馬は倒れない──


倒れてしまう程度だから、ぼくは名馬ではなかった。無論、名馬であることが唯一の価値観ではない。そして負け惜しみを付け加えれば・・・ぼくはそもそも、馬ではない。


──だからこれでいい──


自分が理想とするものをかたちにしたい──そうして限界に挑み、願いを音に変えて、その境界を見た──そのことを評価したい。これは、誰からも侵されることのない、自愛の心とも言える。

院内の明るい照明に耐えかねながら、こんなことまで思い返していた。

さて、いよいよ診察である。もう気力の限界に迫っていたので、キャンセルして帰ろうかと思った矢先、ようやく声がかかった。簡単に問診を受け、症状を伝えると、原因として考えられるのは・・・


──脳への過剰な刺激と血流の停滞──


目と耳から絶え間なく入り込む情報──それに脳が暴走しているのだろう。

そして、ビタミン不足も理由になりうると告げられた。


──思い当たる節がある──


気忙しさに追われて、栄養のバランスさえ考える余裕がなかったのである。

本日の聴力検査は、1時間待ちだという。さらに、診察時間の関係で今日は結果評価ができないと告げらたが、それでも了承して、待ち合いへ戻った。

長い待ち時間のあと、検査のためのブースに入った。検査中もいくつか異変を感じたが、後日受けた結果報告では、問題ないと告げられ、まずは安堵した。

それにしても、ここでも「血流」が指摘された。やはり健康は整った自律神経があってこそということに違いない。

帰り道、自然の力に頼ろうと、病院そばの森を伝って家路に就いた。秋晴れの蒼い空が今日は特に広く感じられた。


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