【母、誕生会──87歳】
2020年1月20日
母の誕生日当日である1月17日に予定されていた誕生会は、ぼくの急用により延期された。
──明日のことは誰も知らない──
「今」という瞬間しか確かなことはない──母との日々を過ごして、そう強く意識させられてきた。ゆえに延期することには不安もあったが
「母ならきっと背中を押してくる」
そう信じて、延期することにした。
役目を無事に勤め上げ、その他いくつかの約束を果たし、責任という荷を少しだけ下ろして当日を迎えることができたときには、少々感慨深いものがあった。
87歳──。
穏やかにこの歳を迎えることは、ぼくの介護者としての目標だった。
自分を産んでくれた両親はもちろん、母方のご先祖様よりも長生きとなり、母は、家系の最高齢記録を更新した。
穏やかにそのときを迎えられたとはいえ、ゆっくりと様子は変わってきている。そうした変化についてぼくは、かつてほど過敏に反応しなくなった。それこそ「自然」なのである。その流れに抗うことなく過ごせることは、何より幸運なのだ。
──宇宙は元に戻ろうとしている──
その宇宙の原理について思いを巡らせると、人が緩やかに衰えていくこともまさに「戻ろうとしている証」である。
母の居室にて──。
職員の方に迎えられたとき、一番のサプライズがあった。
「ギターを弾いていただけますか?」
愛用のギターたちは自分が演奏しやすいように調整してあるので、他者のギターを弾くのはとても緊張するのだが、せっかくなので、〈ハッピーバースデー〉の演奏にトライしてみた。その場でコード進行をネット検索して、自分の声のキーに合うように移調して練習していると、いつも母の世話をして下さっている職員の皆さんが続々と駆けつけて下さった。そしてみんなで歌声を贈る──母はいつもと変わらない笑顔をその日もぼくたちに返してくれた。
──今日があることの喜び──
どんなときもそう感じられるように──それを実行してきたのが、母の人生だった。それを完遂させることが、ぼくの役目のひとつだ。
ぼくの手元には、その母の人生を支えて下さった方々からいただいた母宛の年賀状がある。皆さんが御健在であること、母に伝えた。
そろそろ、ぼくからご案内を差し上げる時期が近づいている。もしも叶うなら、再会を果たせたらと願う。特別なことはなにもいらないけれど、「今」になって再会を果たせること以上に特別なことはない──そんな想いがずっと前から心のなかにあり続けている。
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