主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【親孝行な音楽】

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2018年9月13日

今日もいつもの時間に、母の容体について施設から連絡があった。食欲には回復傾向がみられるものの、全体的な印象は相変わらずとのこと。そこでやはり、明日は病院受診をすることになった。そのまま入院となる見込みだという。

その前に、母の様子を確認しておきたいと思い、今夕もまた施設へ向かった。車で片道30分。支度を入れると往復するだけでゆうに1時間以上は費やす。交通量の多い幹線道路をたどり運転にもだいぶ気を使うため、母のその日の様子に関わらず、いつも帰宅後はだいぶ疲れを感じる。

けれど、近隣に農地もあり緑豊かなその地域は、車の車窓から風景を感じるだけでも気分がいい。今ではそれが、道中の唯一の楽しみとなっている。

母の居室に入ろうとしたとき、安全確認のため解放されているドア越しにいびきごえが聞こえてきた。中を覗くと、母は大きな口を開けてすっかり寝入っている。いびきが健康によくないことは知っているが、その様は。どこか穏やかに見えた。この数日体内を駆け巡った毒素との決闘も決着したのではないだろうか? 戦い疲れたあと、ようやく安心して眠りに就いている…そんな表情だった。

スタッフの方々にお礼を伝えると、みなさんの表情からもどこか穏やかな雰囲気が感じられた。きっと山は越えたのだろう。

話を伺うと、今日はぼくの作品を母に聴かせて下さったそうだ。


「笑ってらっしゃいました」


まさかこんな形でぼくの音楽が役に立てるとは思っても見なかった。

母はまだ、生まれて最初に手にした「笑う」という感情を心に留めている。


──笑顔があれば安心──


今夜は、もう何も案ずることはなかった。だから母が目を覚まさないうちに帰ることにした。明日、病院で少しでも元気な様子を見せてくれたらそれでいい。

最近の東京は、すっかり秋めいた涼やかさに包まれている。表にでると、ほのかに冷んやりとした空気が身体を包み込んだ。同時に、遠い昔の記憶がそのとき呼び覚まされたような気がした。


──憶えのある肌触り──


それがどの瞬間の記憶かは想い出せなかった。でもきっと、それはあの日の出来事に違いなかった。そのときもぼくは、深い秋の気配に包まれていた。


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