主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【家族の太陽】

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2018年3月20日

母のケアプラン作成のためのサービス担当者会議に出席した。母の現状をこの目で確認し、この先、どうサポートしていくかを検討する場である。

母の状況は、先にケアマネジャーから伝えられていた通り、脚力、認知力含め、この2週間ほどでだいぶ不安定になってきているという。いつも見守っていただいている介護職員の方から口頭でその変化について報告を受けたときには、マスク越しながらその沈痛な表情が伝わってきて、すべておまかせしてしまっていることへの感謝とお詫びを同時に感じた。

先日、母を歯科受診へ連れて行った際、母の身体が今、どれだけ介助が必要になっているのか? 日常生活のなかで受け応えがどれほどできるのか?──職員の皆さんのご苦労が手にとってみえるほど、母の衰えようは明らかだった。

介護、リハビリ、栄養士各部署からの報告を受けて、いよいよぼくの出番だ。


「息子さんからのご意見を」


促されるままに、用意してきたはずの言葉を伝えればいいはずだった。

目線を少し上げると、そこには壁時計があった。


──10秒か、15秒か──


恐らく、たったそれくらいのわずかな間だったと感じたが、ぼくはその時計を見つめたまま、しばらく言葉を喪っていた。


──この多弁なぼくが──


沈黙に耐えかねて、咄嗟にいつもの調子を思い出し、取り繕うように言葉を放った。

「止まってしまいましたね」

そう、冗談のように言葉を発して、空気を変えようとしてみたけれど、決めたはずの言葉がなかなか上手くでてこない。

ゆっくりと、まさに絞り出すように、断片と化した言葉を連ねてどうにか気持ちを伝えようと必死だった。無論、もはや溢れるものは抑えられそうにない。誰とも視線を合わさず、できる限り淡々と言葉を吐き出し、気持ちを振り絞って、これまでの感謝の想いを母と職員の皆さんに伝えた…つもりだ。

専門家とはいえ、皆、同じ人であることに変わりはない。ぼくがかつて、母とふたりきりで過ごしていた時間に覚えたような割り切れない感情を、今は職員の皆さんに背負ってもらっている。思い遣りも励ましも…指導も労わりも…今の母にはどこまで伝わっているのかわからない。


──宙に浮いたままの届けられない気持ち──


それをただ、ひとりぼんやり見つめざるを得ない時間が、どんなに苦しいものなのか──ぼくにはそれを察するに余りある経験と想像力があるつもりだ。

どんなに全力を投じていただいたところで、かつて地球の裏側まで旅した母が戻ってくるわけじゃない。もうほとんど限られた伸び代を期待するあまりに、これからの時代を担う皆さんの心を折り続けるわけにはいかない。


──母は、この地上の太陽──


この地にいる限り、燃え盛る太陽も、必ず沈む。母は、ここでの役目を終えて、永遠に輝き続けるであろう無限の場へ住処を移そうとしている。ここへ足止めさせようとするよりも、身体という有限な器から解き放たれるお手伝いをすること──それがわかっていても、本人を、今を目の前にすると、どうしようもない気持ちに支配されてしまう。


──言語を超越した領域──


ぼくが直視している「今」は、言葉で考えられる限界をとうに超えている。だから考えても考えても、わかるはずは、ない。


──あるがままに──


結局、こんなありきたりな言葉しか思いつかなかった。

こんなとき、花粉症であることはとても都合がいい。顔の半分はマスクで隠されているし、目が赤らむのも鼻をすするのも、ぜんぶ花粉のせいにできるから。

悔しさなのか惨めさなのか、はたまた、それは誰のためのものだったのか?

ぼくはひとり、ただただ遠い方を見つめていた。

今日はそんな調子だったせいで、だいぶケアマネジャーには心配をかけてしまった。まるで背中をさするような優しい言葉で励ましてくださった。


「ぼくはこういう質ですから」


精一杯の冗談としてそう伝えたときも、目は赤らんだままだった。

こうして、気持ちを交わしあえる機会を設けてくれたのも、母からの見えない大きな力によるものなのだろう。


──地上の太陽──


母がまだ明晰だったころ、綺麗な夕陽を観ると北海道に旅行した時の想い出をよく話してくれた。


「地平線に沈む大きな太陽を見てな。これが世界にひとつしかないなんて不思議やなぁって思ったわ」


そう。太陽は世界にひとつしかないんだよ。母親がこの世でひとりしかいないのと同じように。


──母親は、家族にとっての太陽──


そのひとつひとつの太陽が、各々の家族を明るく照らしている。


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