主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【プリンセスひろえ】

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2018年2月14日

先週末に熱を出した時には心配したが、予定通り、一時帰宅を果たした母。わずか2泊3日の外出だというのに、施設を出るときは、入居者、職員の方から手厚くお見送りいただいた。

部屋を出てエレベーターに乗り、受付を通過して表に出るまでの間に顔を合わせたすべての人に


「やぁやぁ」


と笑顔で手を振る母──。



「えっ? 全員のこと知っているの?」



ぼくのそんな質問はお構いなしで、すべてのみなさんに愛想を振りまいていた。


「この人気ぶりに嫉妬するわ(苦笑)」


思わず素直な冗談が口をついた。

それは、母が呼び寄せた幸運。


──人は、互いを映す鏡──


母の笑顔には、周りの皆さんの笑顔が映し出されていた。


玄関まで見送ってくださったケアマネジャーは、母の体調不安と足腰の衰えを案じて、とても心配して下さった。


「もちろん、息子さんの無事も」


決してうわべではない、心のこもった言葉だった。


──ありがたい──


我が家は、本当に恵まれている。


──この5年の苦悩のなかで気づかせてくれた大切なこと──


母を迎えに出る前の時間、ステージ本番前の緊張に似た感覚があった。


「緊張は、いい結果を期待している証」

「本番が始まってしまえば、自由に羽ばたける」


見送られて車を動かそうとしたそのとき、まさに本番開始のキューをもらったような気がした。


「大丈夫。できる準備はすべてした」


きっとぼくたちが見えなくなるまでケアマネジャーは見送って下さったのだろう。その視線を感じながら、母と5ヶ月ぶりの家路に就いた。

その道中も、母は車の助手席から、沿道を歩いているひとたちに笑顔で手を振っていた。


「皇室のお姫様にでもなったの?」


無邪気だった子供のころ、ぼくはこんなにチャーミングだったのだろうか? いや、ずっとずっと人見知りで、こんな風には振舞えなかったに違いない。知らない人と普通に話ができる母を、いつも傍で不思議そうに見つめていた記憶がある。

今になって、もっと不思議に思うことがある。


──ぼくも母と同じことをしている──


たくさんの人たちき気安く話しかけてもらえるのは、母譲りの気質ゆえのことだろう。あまりにサービスが過ぎて時おりやり過ぎてくたびれることもあるけれど、クールなままではいられない。


──孤独を遠退ける母からの贈りもの──


これは、いつか独りになったとき、愉快に生き抜くための、何よりも強い支え。どんなことがあっても、決して手離すことはない。

手配していただいたおんぶスペシャリストのヘルパーさんにサポートいただき、夕刻、どうにか帰宅を果たした。いつもの席に着くなり、クラウディオ・アバドのドキュメンタリーに見入っている。演奏シーンではもれなく拍手を送る母──何度も一緒に観たアバドの演奏会の様子を思い出した。

今ではすっかり見た目は変わってしまったけれど、アバドに寄せる笑顔は、あの頃のままだ。


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