主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【音の棲むところへ】

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2017年12月27日

 

先週の歯科受診付添いは、久々の遠出と全介助が必要となってから初めての一人きりでのサポートだったため、戸惑いと焦りがぼくを手間取らせ、予想以上の疲労を招いた。

 

今日は、先週の失敗も踏まえて落ち着いて介助できたが、母を施設に送り届けると、やはり安堵したのか、覚えのある疲れが一気に襲いかかってきた。今夜は約束があったのだけれど、こちらの連絡不手際で流れてしまい…返事を待つ間横になって休んでいると、案の定、眠ってしまった。先方には失礼をしたが、ひどい疲れを背負ったままでかけるよりは、きっとよかった。

 

義歯の調整も今日で完了し、母への労いも兼ねて、好物の「阿闍梨餅」を贈った。大阪から京都に嫁いだ母は、たくさんの「うまいもん」をぼくに教えてくれた。幼い頃から母と通った新宿伊勢丹地下食料品売場で、かつての母がそうしていたように、カゴいっぱいの阿闍梨餅を買う…この売場を我が庭のように歩き回って買物していた頃の母の後ろ姿が思い浮かんだ(その背中を見つめていたぼくはもちろん、荷物持ち)。

 

まだ辛うじて歩けたころ、家に閉じこもりがちになっていた母を連れて、この地下食料品売場まで出かけたいつかの年末があった。ぼくの腕にしがみつくようにしてよろつきながら歩いていた母の様子を振り返ると、ぼくの知る「母としての母」の姿は、あの頃が終演間近だった。

 

 

──母との会話は、もうほとんど成立しない──

 

 

今は、子供とのやり取りのようになっている。

 

「よかったね」

「楽しかったね」

「美味しいね」

 

母の発する言葉に、そう返して応えるだけ。もしくはぼくの問いに母が応える…。断片が連なるだけで、そこから先に会話の展開は特にない。

 

「よく笑う今の母を見つめていると、それだけでもう十分」

 

今ではわずかになってしまった母と過ごす時間に、そう自分を言い聞かせるようにして言葉を重ねている。

 

あれだけ大好きで、食べ始めたらいくつも口にしていた阿闍梨餅も、今日はひとつで満足したらしい──身の廻りの品品も、たくさんの宝物も、想い出も、そして自分自身を支えいる身体も、いつかすべてを手放して、この浮世に放たれる前の住処に戻る──母が愛した音楽のように、解き放たれた音は、空気を揺らしながら目に見えない音色で物語を奏で、やがて鳴り止み、一生という舞台の幕を閉じる。

 

──音楽はどこからやってきて、どこへ帰るのだろう?──

 

きっと、ぼくたちも音楽も、同じ場を行き来しているに違いない。

 

 

──音の棲むところへ帰る──

 

 

母の大団円へ向けたお手伝いを──それをやり遂げる日、ぼくの使命のひとつもまた、そっと幕を閉じる。

 

 

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