2018年3月5日
今から61年前、亡き父と母が出逢わなければ、今日のこの日はなかった──そう想うだけで、言葉ではいい尽くせない感謝の念が、止めどなく湧き上がって来る。
あの喜びも
あの恍惚も憂いも
あの苦悩も痛みも
あの屈辱も
あのやるせなさも
あの可笑しみも
あの愉快さも痛快さも
あの出逢いも
あの別れも
そして再会も
何も味わうことができなかったのだから。
──おめでとう──
去年と今年、入院と施設入所が続いて贈れなかった花束を、今日の日に届けます。
生花師範の免状を持っている母だけに、花を見ただけで「ダリア」だとすぐに応えた。
──胸いっぱいの感謝を、母に──
後ろなんて向かない母だから、父の遺影はずっとしまわれたままだった。それもかなり雑なかたちで、山のような母の衣類の谷間に置き去りにされていた。
「パパの写真、ようだしてくれたな〜ありがとう」
聴き馴染んだ関西弁で伝えられた言葉は、どこか照れた様子だった。お気に入りのクラウディア・アバド指揮による演奏会の映像を観ながらも、時おり、父の写真に目を配っている母──。
──出逢ったころも、こんな風に目配せしていたのかな?──
ぼくが生きた歳だけ、父の不在の月日は重ねられていくけれど、ぼくと入れ替わるように先立った父は、ぼくの目を通して、母を見つめている。
ぼくのなかに、そして母のなかに、もちろん兄のなかにも、父は生きている。
命がめぐるとは、きっとそういうことなんだろう。
「この花束、誰にもらったん?」
あの巨大義理チョコのことを思い出したのだろうか?
「二人の結婚記念日のことなんて誰も知らないし、何でも貰えるわけがない」
苦笑まじりに応えながら、そんなことを口にする子供がえり真っ只中の今の母を見つめる。
──こんなに可愛らしいひとだったんだな──
《ベートーヴェン交響曲第9番》第3楽章の優しい調べが、いま、この母との時間を包んでいる。
限りあるからこそ、このひと時をひとは「愛しい」と名付けたに違いない。
──ほんとに、おめでとう──
今日の日のことは。ずっと忘れないから。
この花たちの甘く優美な香りと共に──。
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