主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【幸運であること】

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2018年3月9日

あの日の夜、また闇に沈みそうになっていた。

考えても仕方ないことは考えないように努めてきたけれど、選択を迫られたら、考えるほかない。

しかしどんな選択をしようとも、どこかに後悔は残る。


──だから肝心なのは、選択したあとの日々──


「あの選択は間違いなかった」と、納得できる「今」を生み出せばいい。もちろん、それが容易いことではないのは、身に染みてわかっている。

音楽の道に進んだときも、美術をやると決めたときもその気持ちだった。


──そうして「今」を過ごしている──


子を育てる親のように、今のぼくは、母の未来を預かっている。つまり、どんなときも、選択は「2人のための選択」でなくてはならない。

のびしろがもうほとんどない状態で、週2回、20分程度のリハビリを継続することが、どれほど母のためになるのか? わずか1歩でも歩ける力を残せたとしてどんな未来があるのか?

今は十分にあらゆる未来の可能性が想像し尽くせていないからこそ、まだ見ぬ明日のために、今やれることに全力で取り組み、日々を、その一瞬を懸命に生きる必要がある。しかし、そうして時間を使っている間に、失われていくものもたくさんあるのだと、最近よく考えている。

それが、生活の質を維持するためのリハビリとて、「無理な延命はしないで欲しい」と願った母の想いに反することをしようとしているのだろうか? 以前のように、ぼくが立ち会ってはっぱをかけながらリハビリをみまもることをしてはどうだろう? けれど、それを行うことで奪われていく時間と引き裂かれそうになる気持ちを思うと、怖いんだ。ただぼくは、目を背けたいだけじゃないのか? 逃げ出したいだけじゃないのか?

母がぼくに捧げてくれた時間は果てしないものだった。ぼくが捧げられる時間はもう限られている。ならば、やれることを全部やってから決めればいいじゃないか? でもそれは、母のためではなく、ぼくの自己満足に過ぎないんじゃないのか? その挑戦をしている間に、特養へ入る機会を失ったら後悔しないか? その後、もし母の体力が著しく低下してしまったら? 入院できない場合、誰がどこで看るのか? 今のぼくには、ひとりで在宅介護をするすべての余裕がないのに…。

そんな堂々巡りのような時間を過ごしていると、不意に一通のメッセージが届いた。


「ふと、思い出したので」


そう優しく語りかけるメッセージ──。

しばらくやりとりしていると、自ずと、「幸運」という話題が続いた。


──幸運は、自己申告です──


それは、胸が高鳴る言葉だった。

少し落ち着いて、ざわめきが遠のいたとき、今度は別のメッセージが届いた。それは、ぼくがぼくらしくあるための扉を開く鍵のようなものだった。


──誰かのために──


ぼくは、誰かのために、どこまで想いを注ぐことができるのか?

忘れてしまいそうな大切なことが、再び呼び覚まされた瞬間だった。


──幸運であること──


それは、ぼくがぼくであることに他ならない。


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【だれかおしえて】

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2018年3月7日

先月に続き実施された2泊3日の母の一時帰宅は、今回も何事もなく終えることができた。万全の体制で準備してくださった全関係者に、感謝しきりだ。

午前中に母を介護老人保健施設へ送り届けた。夜中に面会に行くことが多かったからか、梅の花が咲いていたことに、今日、ようやく気づいた。思えば、こちらにお世話になったのは、去年の5月末から。梅も桜も終わった、初夏のころだった──ここで芽吹いた花々を観られるのは、今年で最後になるだろう。

いつもの居室に母を送ったあと、ケアマネジャーと1時間ほどの面談があった。議題は、来週に迫った特別養護老人ホームの入居面談についてと、それを踏まえた今後のケアプランについて。特に、今日、指摘のあった母のリハビリをどうしていくかに関しては、その決定をぼくが下す必要があり、また頭を悩ませることになってしまった。

母のリハビリ態度が意識散漫なのは、今に始まったことではない。病院へ通ってのリハビリも、自宅でのリハビリも、入院中も、言われたままにやってはいるものの、集中している様子があまりない。

自宅復帰をお互いに必死で願っていたころは、ぼくからもハッパをかけていた。


「家に帰りたい! そうアピールしないと、リハビリ担当者も気持ちが入らないじゃない?」


その助言を素直に受け止めてくれたのは、もう1年半も前のことだ。今でも諦めず、この瞬間の会話も忘れてしまう母に、何度も何度も、繰り返し繰り返し伝えているけれど…届くことのない宙に浮いたままの想いをただ見つめているのは、どれだけ経験を重ねても苦しさばかりが募っていく。


──愛しい人を失ったときと同じように──


この一ト月の間にも、母の体力は、確かに衰えているように感じた。寝室のベッドから居間の椅子へ移動する際に介助すると、その衰えようがよくわかる。脚力は、支えがないと立っていられない状態。腹筋も益々衰えてきて、背もたれがないと座ってもいられない。


──ただ座ってテレビを眺めているだけの時間──


それも、さほど楽しそうな様子は、ない。


選択を迫られるとき、絶えず問うてきたことがある。


──やれることは、すべてやったのか?──

──その選択は、後戻りできる選択なのか?──


後悔だけが残る──それが介護者というもの。

この5年半という時間のなかで、身にしみて思い知らされてきた。

母に永続的なリハビリを与えることは、かえって母を苦しめることにならないだろうか?

自分の脚で立つことが、人らしい暮らしを支えることには違いない。


──たとえ一歩でも、自分で動ける脚力を残す──


その願いを伝えられたとき、心が揺さぶられた。


──何が母のためになるのか?──


だれかおしえてほしい

母の明日を見通せるなら

ぼくの選択は間違うことはないと


苦しさあまって、今朝まで母が過ごした居間のソファーに身体を沈めた。花瓶に移し替えた結婚記念日祝いの花が、今夜もやけに甘い香りを漂わせている。

逃げ出したくなったときは、どんなときも眠気が差し込んでくる。


──そっと目を閉じる──


眠ることしか、逃れる術を知らない。


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【次があると信じて──またね】

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2018年3月7日

次に逢うまでは、これが最後──。

いつだってぼくは、そう思い浮かべながら、「またね」と口にしている──次が必ずあると信じて。

そんなぼくの心の揺れを母は察したのか、甘いもの満載の朝食を終えると、珍しくぐずり始めた。


「施設に帰りたくない」


事故や怪我、病気が続いたこの5年半の間に、母の感情は薄まっていった。まるであらゆる痛みや苦痛から逃れるように…。

ケアマネジャーとの面談で「今月の目標を立てましょう」と促されても


「やりたいことはすべてやった。やり残しなし」


と、いつもの決め台詞を放っては、ひとり嬉しそうに高笑いするばかりだった。

そんな母が、今朝、「帰りたくない」と、要望を口にした。話したことはすぐに忘れてしまうことも多いのだけれど、今日の希望は憶えていてくれるだろうか?

いつか、そんなときが訪れたら、また、ここで暮らそう。


──明日のことは、誰も知らない──


思いもよらなかった明日を、引き寄せるから。

もう少しだけ、待っててね。


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【最後の晩餐】

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2018年3月6日

2016年の秋、ミラノで本物を観た。

英語のタイトルで”The Last Supper”──。
イタリア語で”L’Ultima Cena“──。

日本語で綴られた《最後の晩餐》という響きが、もっともこの作品の色気を表現し尽くしているように思えた記憶がある。

何事も、それが「最後」になるかどうか、誰にもわからない。たとえば、揺るぎない強固な決別の決意があったとしても、また次の機会が訪れることがあるかもしれない。

それはすなわち、こういうことだ。


──最後になるかどうかは「結果」だけが証明する──


今夜、自分でもよくわからない間に、ぼくはシュウマイを作っていた。しかも、初回に大失敗したというのに、2回目のチャレンジをしていた。母の大好きなパスタにするつもりだったのに、デイサービスから母の帰宅を待つ間、自然に手を動かしていた。

仕上がりは、上々だった。連絡の手違いでデイサービスで夕食を食べてきた母だったが


「おいしい美味しい」


そう何度も繰り返し口にして、ときには手づかみで食べたりしながら、楽しそうに食べきってくれた。

付け合せに即席で拵えたほうれん草のおひたしは、施設の指導通り、母が嚙み切れるように小刻みにした。

物語は、いつもこんな風に、そっと終わりを告げるものかもしれない。今夜も2人で、かつて数えきれないほど過ごした食卓を過ごすことができた。特別なことは、何もいらなかった。


ただ、ひとつだけ変わらないことがある。


──次にまためぐり合うまでは、これが最後──


だからぼくは、次を信じていうのさ。


──またね──


明日から、介護老人保健施設へ再入所する。その1週間後、母の姉にあたる叔母の命日に、特別養護老人ホームの入居面談が予定されている。今の母は、そのことについて、何も感じていない。

もしも「何も知らないフリ」をしてくれているなら、見事な演技力だ。

未だに迷えるぼくに、ケアマネジャーは言う。


「これまでもそうだったように、お母様が自ずと進むべき道を示して下さると思います」


そう、これまでずっと不思議だった。


──まるでぼくの身を案じるように、何事も間に合うタイミングですべての出来事が起こった──


今度もきっと、そうなる。


食事を終えて、テレビを観る母の気配を背中に感じながら、母がよく淹れてくれた緑茶入り玄米茶を差し出す。

緑茶の甘味が、今夜はやけに深く感じられた。きっと、またこの甘味を感じるたび、今夜のことを思い出すのだろう。

今夕、母の帰宅を待ちわびながら、シュウマイの具材に使った玉ねぎを刻んでいた。溢れかえるものを隠すのに、とても都合が良かった。


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【ありがとオムレツ】

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2018年3月6日

母へ。

ありがと。


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【鼓動はいつからこんなに力強く脈動するのだろう?】

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2018年3月6日

早朝5時──目覚ましの音で目覚める。

つまりそれは、昨夜も母は一度も目覚めることなく夜を過ごしたらしい、ということになる。一度も睡眠を邪魔されなかったのは助かるが、なんだか嫌な夢を見た。


──ギターがなくなる──


ギター合宿にでも向かっていたのか、憧れのギタリストと仲間たちとギターケースを抱えて電車移動をしていた。山積みになったケース群の相当下の方に紛れ込むように置かれたぼくのギターは、あるとき、どういうわけかなくなっていた。


「盗まれたんだね」


仲間のひとりがそんなセリフを吐いたときでさえ、まだ夢だとわからずに眠っていたようだ。

目が覚めて、それが夢だとわかったときから、いよいよ今日が慌ただしく始まる。

母が寝静まっている間に、朝食の食材を買出しに行きたかった。まだ夜が明けきらぬうちに家を出て、そのついでに、回覧板を返しにいったまではよかったが。


──小さく指先を切る──


回覧板を郵便受けに入れようとしたら、なかなか奥まで入らず、押し込もうと利き手の人差し指で押し込んだとき、ホッチキスの歯が引っかかったらしい。


──軽い出血──


押さえるものがないので、親指で圧迫しながら止血するも、わずかににじむ血の様子に比例して、痛みが残った。


「夢のツケは、こうして現実になったのか?」


ギターは目の前にある。でもこれじゃ、しばらく全力では弾けない──料理中、未だ指を切ったことがないのは、まるで奇跡のよう。日常のほかのシーンでも気をつけている方だけれど、まだまだ足りない──昨日の夜から、だいぶ疲れていたから…だなんて、そんなことを言い訳にしてはいけない。


でも、いいこともあった。目覚めてしばらくぼんやりしている間のことだ。落ち着きたくて、布団のなかで胸に手を当てて、いつものように心の暖かさを感じていたときだった。


──鼓動はいつからこんなに力強く脈動するのだろう?──


すぐさま、専門家に質問を送った。

新しい物語のための手がかりになりそうな予感がしている。


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【マーラーのアダージョとカジキマグロとシメジのアラビアータ】

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2018年3月5日

先月の一時帰宅からおよそ3週間。母の食は、また細り始めている。

前回の経験を踏まえて、今夜はだいぶ少なめにしてみたけれど、途中…いや、だいぶ序盤で「もうお腹いっぱい」と、皿ごとぼくに差し出した。

無理に食べさせるつもりはない。でも…まだ朗らかに笑える母に、口から食事ができるうちに、あと数えるほどしか一緒に食卓を囲めないかもしれないのだから、せめてもうひと口だけでも…。


──どうなっているんだ?──


そんなことを思い浮かべていると、母が観ているクラウディオ・アバドの演奏会映像から、マーラー交響曲第5番》第四楽章:アダージョが聴こえてきた。

あらゆる映画のサウンドトラックに使われてきた、あのロマンティックでセンチメンタルな旋律が、今夜の記憶と共に、ぼくに埋め込まれていく──。


──嗚呼──


母の一時帰宅の日は、晴れの日ばかりだったのに、今日は強い風と雨が続いている。

窓辺から外を眺めては、雨が降っていることを何度もぼくに知らせてくれる母──さっき観たばかりの映像を「今度はそれをみせて」とせがむ母──演奏に手を叩いては喜んでいたかと思うと、突然無反応になる母──。


こうしてまた、理屈ではわかっていても、目にするのは苦しい時間がやってきた。


「ごちそうさま」


だいぶ残してしまったみたいだ。


よく食べたね。家にいるときくらい、好きなものを満たされるだけ食べたらいいよ。


──ぼくの目の前には、今、ぼくが知らない「子供時代」の母がいる──


こんな風に、口元をたっぷり汚して、食べこぼしもたくさんして…。


「かわいいね」


明日はどれくらい食べられるかな?


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