主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【ぼくには何もない。でも、必要なすべてが揃っている】

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2018年2月19日

月に一度の定期検診を受けに、午前、いつもの街まで出かけた。

昨夜もあまり眠れなかったのに、目覚めからやけに健やかな気分だった。歩き出すと、身体も軽い。この数年感じたことがないくらいに。

今日も、これまでに抱えてしまったいくつかのことを話しながら、この一ト月を振り返っていた。いつも素直に気持ちを伝えているつもりだけれど、同時に、どこか「そのように言い聞かせている自分」がいることも感じている。

どちらが正しいというわけじゃない──強いていうなら、両方とも純粋な自分の感情であることには違いない。


──だからこうして、そのすべてを受け止めようとしている──


受診を終えて食事を摂り、駅へ向かって歩き出すと、春を先取りしたような暖かい陽気に誘われて、いつになく気分が高揚していることがわかった。


──歩こう──


今ならどこまでも歩いてゆける──そんな気がした。

かつての学び舎のあった街まで、およそ2駅ほど歩いていると、あるとき、鮮烈なほどに明らかに、この自然のすべてと繋がっている感覚を憶えた──沿道にある樹々も、道路を走る自動車も、前をゆく顔も名前も知らない誰かも、ここからは表情を伺い知るさえできないぼくを知るすべての人たちとも、ぼくは今ここで、確かに繋がっている。

そんな意識に包まれたまま先を進むと、ある、よく知る交差点で足が止まった──そのときだった。ぼくのなかに思いもよらぬ感情が止めどなく溢れ始めていた。


──今、このまますべてを終えてしまってもかまわない──


あまりに突然のことだった。自分でも何が起きているのかわからなかったけれど、その感覚はしばらく続いた。


──もしかすると、これを多幸感と呼ぶのだろうか?──


怖かった。いや、あれは嬉しかったのかもしれない。


「ぼくには何もない。でも、必要なすべてが揃っている」


すべて揃っているのに何もないこの世界と真逆の、このうえないほど満たされたぼくがいる。


ぼくが求めるすべてのものは、いつもぼくにはある──あのとき、確かにそう思えた。


30余年前、第一志望の高校受験を前に下見にきたときに渡った大きな歩道橋を、あの日と同じように今日もひとり歩いた。すると、橋の上から、当時の自宅がある西の方角を見つめて、「この学校に決まったら最高なんだけどな」と願った記憶が蘇ってきた。

誰もが不可能だと思っていたその願いは、見事に叶えられることになった。


「今日のこの願いも、きっと叶いそうだな」


あの日の自分を思い出しながらそんな予感を得たとき、また別の気づきがあった。


──すべては、描かれたまま──


どこかで、その壮大な物語が描かれた絵を見つめて、ぼくは思ったに違いない。


「こうなるといいな」


その絵の中央には、ぼくのゆく道が描かれていた。


──予言の画──


心身は、多少のレッドサインがあるものの、意外にも未だ健やからしい。それでも、誰彼等しく、明日が約束されているかわからないという現実と隣り合わせに生きている。


せめて、母を無事に送るまで──。


召されゆく母を、それをみまもるぼくを、この約束を果たす日を──そして今日の願いを──いつの日か、あの大きな絵に描き加えたい。

そう、この絵は、ぼく自身が描いているのだから。


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