主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【束の間の孤独という名のしあわせ】

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2018年2月11日

 

いつも通り気づかぬままに、世の中は三連休に入った。そしてやはりいつも通り、ぼくに特別な予定はない。

 

普段なら面会にいらしたご家族の車で溢れる施設の駐車場も、今夜は閑散としている。そのせいか、思ったよりも強く吹き荒む風が、やけに冷たく感じた。

 

母の容体は落ち着いたようだ。ろれつが回らない感じがあるのは若干気になるものの、昨日、解熱して以来、発熱兆候はないらしい。尿の色は未だだいぶ濃いけれど、これもじきに落ち着くだろう。

 

今夜もあまり負担にならないように、10分だけ顔を合わせた。このところずっと繰り返される同じ話に、一昨日昨日とはいくらかバリエーションを加えながら会話を試みるが、子供がえりが進む母は、やはりいつものように突然話題を遮って思い付いたことを口にするする。

 

最近は、この家を建てたころの思い出が話が多い。母の人生のハイライトのひとつゆえに、深く記憶に刻まれているに違いない。

 

 

──それもいつしかどこかへ置き去りにされる記憶──

 

 

人は過去に生きることはできないのだからそれでいいのだと、あらゆる言葉を重ねては何度も自分を言い聞かせてみても、心の揺れは収まりそうになかった。

 

出かける前、いつもどおり、自宅でひとり夕食を摂っていた。

 

 

「いただきます」

「ごちそうさま」

 

 

独り言を口にしたり鼻歌を歌ったりすることがないせいもあって、母が不在となってから、自宅ではひと言も発しないことがほとんどになった。

 

各種連絡もメールでのやり取りが中心だし、チャットアプリができて以降、愛しかったたわいもない会話はより断片と化し、文字と記号と画像で済まされるようになった。

 

 

──長電話──

 

 

そんな言葉は、そろそろ消滅する運命にあるのかもしれない。

 

 

そんなことを思いながら、せめて感謝の言葉くらいは発しようと、食事の前後には声に出してみているが、この空気感こそ「孤独」と呼ぶ…そんな気がした。

 

 

──もしも、いかなる縁の絶えた暮らしに陥ったらどうなるだろう?──

 

 

一切の関係を喪って、人はおろか、動物や植物、自然にさえ関わることのない暮らしが可能だとしたら…それは、もはや孤独を超えた何かと言えそうだ。

 

 

──孤独とは、いったいどういうことなのか?──

 

 

大切に想う人がいる──。

互いの無事を祈る相手がいる──。

気の置けない仲間たちがいる──。

離れていてもみまもってくれる誰かがいる──。

もう会えなくてもその幸せを願う心がある──。

いつかまた会えると信じる想いがある──。

いまはそばにいなくても愛しい人がいる──。

たとえこの世を去ることになっも誰かの記憶のなかに生きる深いご縁がある──。

 

 

ぼくは、孤独であるはずもなかった。

そのすべてが、ぼくにはあるから。

 

 

──しあわせ──

 

 

この地上に生のあるうちに、そのことに気づけてよかった。

 

束の間の孤独は、忘れてしまいそうな当たり前の幸福がいつもそばにあることを、再び呼び覚ましてくれる。 

 

 

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【ぼくらしい日】

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2018年2月10日

 

泣いちゃいそうだよ──。

 

母が高熱を出しているという報告が、午後、ケアマネージャーから届いた。風邪の兆候はないので、尿路感染症の疑いとみて抗生剤を投与したとのこと。過去に2度、尿路感染から敗血症を起こしたことがあるので気がかりになり、身支度を整えて母の面会に向かった。

 

家を出て駐車場に向かっていると、ご自宅の玄関先で雪かきをされているおばあさんに出逢った。とても小柄な身体には不釣合いなほどの大きなシャベルを持って、なんともおぼつかない手付きでひとり、小さく固まった残雪をどうにかどかそうとしていた。

 

先を急いでいたけれど、母と同じ歳の頃のおばあさんのことがだいぶ心配になって声をかけた。

 

 

「こんにちは。どうされましたか?」

「毎朝来てくれる郵便屋さんに迷惑かと思って雪かきしているんだけど…。」

 

 

残雪は、迷惑には程遠いほど小さく、そして既に道の片隅によけられていた。次に陽が照ればきっと溶けてながれるくらいだったが、どうにもその雪塊が気になる様子で、高齢でそれほど自由になるわけでもなさそうな身体をいっぱいに使って作業をされていた。

 

 

「やりましょうか?」

 

 

そう伝え終わるよりも先にショベルを受け取って、一息で側溝まで移動させた。

 

 

人生の大先輩に失礼なものいいだが、おばあさんは、はにかんだ笑顔の素敵な、とても可愛らしい方だった。

 

そこから、よもやま話の始まり──。

 

母と同じ昭和一桁生まれなこと──

学徒動員で田舎から東京に出てこられたこと──

同い年のご主人と20代始めに結婚されたこと──

今ではひ孫もいらっしゃること──

ご主人は随分と前に先立たれたこと──

以来ひとりで暮らしていること──

息子と娘は遠く離れた場所で暮らしていること──

関西に暮らす娘さんから一緒に暮らそうと誘われていること──

山登りと読書が好きだったこと──

昔のこの街の景色のこと──

ご近所付き合いのこと──。

 

 

そんな話を、繰り返し繰り返し、ぼくにして下さった。

 

 

──今の母と似ている──

 

 

母の現在よりはだいぶ軽度だと感じたが、世間では、認知症と言われる初見が見受けられた。

 

こうしたご老人が一人暮らしをしている例は、今ではもう数えきれないほどになっているのだろう。

 

東北の震災のあと、仙台市内の住宅街に親戚を訪ねていったときにも、今日と似た気持ちになった。

 

あの日、すっかり陽の落ちた夜の時間、駅まで向かうためバス停で待っていると、地元に暮らすおばあさんがやってきて、お話しする機会があった。

 

 

「主人に先立たれて今は一人暮らし」

「息子たちは県内に住んでいるけれど、仕事があるからといって、だいぶ離れたところに暮らしている」

「わたしは運転ができないから、買物に行くにも駅までバスで行かないといけない」

 

 

──いったいぼくたちは、どんな暮らしを築いてきたんだ?──

 

 

家族が、機能できない──。

 

 

そんな暮らしを強いられて、それを疑問に思うおうとも「そういうものだから」と口にする。

 

おばあさんの繰り返される話しが続くに連れて、いろんな記憶が呼び覚まされ始めた。

 

 

小一時間ほど、道端で立ち話──おばあさんに、少しでも楽しんでもらえただろうか?

 

 

予定より少し遅れて、母のもとへ。案じていたよりも元気そうで安心したけれど、バルーンに採取された尿は、報告にあった通り、相当に濁った色をしていた。熱にうなされていたせいか、ろれつもだいぶ回らない。幸いにも抗生剤が効いたようで既に解熱していたが、次週に予定されている一時帰宅には影響があるかもしれない。

 

 

帰り道、車を運転しながら思う。

 

 

──科学の支えがなければ、ひとの寿命は、自然に近づく──

 

 

正しいことなんて、何もない。

 

ただ、誰もが精一杯に生きて、できることをやるだけ。

 

それでいい。

それが誰かのためになるなら。

 

きっと、それでいいんだ。

 

 

──地域に掲示された標語が、これまでで一番、虚しく響いた。

 

 

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【狂乱の波間に】

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2018年2月6日

 

夕方、外で遊ぶ子供たちの帰宅を促す地域放送が流れたとき、ふと窓から空を見上げると、美しい夕陽の陽射しが目に入ってきた。


「今日の空を母と見つめたい」


咄嗟にそう感じて、途中だったことをすべてそのままに、面会へ向かった。

 

施設に着くと、あいにく母は窓から空が見渡せる大広間にはいなかった。母の席にある椅子には、寒さを感じたときのためにと用意していたフリースのジャケットが背もたれにかけられていた。

 

 

──この冬、初めてのこと──

 

 

少し気がかりになったけれど、「いつものように夕方の休憩時間で横になっているに違いない」と思い、そのまま居室に向かった。

 

顔を合わせてみると、心なしか、元気がないように見えた。

 

 

──疲れているのか? それとも風邪でも引き掛けているのか?──

 

 

普段と特別変わることのない繰り返される会話にどうにか変化をつけようと、色んな話題を投げかけてみる──。

 

ここ最近、何度も伝えているけれど、なかなか憶えてはもらえない大切なこと

 

 

──来年の春にも観てもらいたい仕事がある──

 

 

を今日も話題にしながら、自虐的に笑いを誘おうとしたときだった。

 

 

「満足いく仕事をやり遂げても、期待した評価はなかなか得られないままなんだ。やっぱり、憧れた偉人たちのように、あの世に行ってからのかな?」

 

「わたしが代わりにあの世にいったるから、きっともうすぐやで」

 

 

思わぬ母の切り返しに、自然と口元が緩んだ。そういう母の話術は、今も衰えていないらしい。

 

話をしていると、だいぶ元気がでてきた様子だったが、途中、職員の方が来られて、食事のことについて簡単に現状の時報告があった。

 

 

「最近また、食が細くなられていて…」

 

 

母はあるときから、米を食べなくなった。今でも主食は特別に、麺類かパンにしていただいている。白米の味気なさが苦手なのかと考え、入所時に「鰻のたれ」を持たせたら、それが予想通り効果を発揮したことがあったので、「また持ってきてもらいたい」とのことだった。

 

思えば自宅では、ガーリックパウダーにごま油を混ぜてみたり、昆布と梅干し、大葉を叩いて佃煮のようにしたりと工夫していたが、結局、それが今、仇となってしまったようだ。

 

食が楽しめないのも元気がでない理由のひとつなのだろう。

 

 

「しっかり食べなきゃ」

 

 

普通なら、そう声を掛けるところだが、ぼくはもう、そんな口は聞かないことにしている。

 

 

「そろそろ、お迎えの支度を整えようとしているんだね」

 

 

食が進まないのは、きっと味だけの問題ではない。

 

 

──人は自ずと、食べることができなくなる方が、自然──

 

 

ながく母を看てきて、そう思うようになった。

 

自宅で看ていたとき、特に入退院後、やせ細った身体を元に戻そうと、母の好物料理をたくさん拵えて、太らせようと必死だった。当時は、まだ食欲も旺盛だったので、ケアマネジャーから驚かれるほどの回復ぶりをみせたこともあったけれど、時が過ぎれば、当然のように徐々に食は細り、咀嚼力も弱り始め、葉物や筋張ったものは噛みきれなくなり、並行して嚥下機能にも衰えが見え始めた。

 

対応策としてできたことといえば、入歯の調整に始まり、定期的に訪問口腔ケアをお願いしたくらい。もちろん、食材を細かく刻んだり、大好きなにぎり寿司も喉に詰まらることがないよう半分に分けたりといったことなども行ったけれど、大きく改善はされなかった。

 

 

──今、当時を振り返る──

 

 

なぜ、あんなに必死になっていたのだろう?

 

 

──きっと、意地になっていたんだ──

 

 

すべての可能性を信じる──。

 

母のためというより、それはほとんど、自分のためだった。

 

 

そう気づかされたのは、もう、ぼくひとりの手で、母を自宅では看られないとわかってからのことだった。そのときまでに、もう随分とながい時間を費やしていた。

 

週3回のリハビリ、総合病院の診療科目を全て網羅するほど毎月2度3度と繰り返される通院、定期的なケアマネジャーとの面談…。たまに仮病を使ってリハビリを休みたいと駄々をこねる母をなだめたときには、「ぼくも子供のころ、こうして母を困らせていたんだな」と、想像したりしたこともあった。

 

あれから思えば、今は随分と平穏な日常がある。

 


──なのに、ぼくのこころは、今も揺れ動いている──

 


それは、あの日々よりも、そのときが確実に近づいていることを絶えず感じているからに他ならない。

 


──狂乱の波間に彷徨う──

 


酒場に沈むのも、音楽に溺れるのも、今のぼくには同じことだ。

 


──そんな夜を過ごすのも無駄じゃない──

 


無論、何一つ、無駄にはしない。

 

これは、母が与えてくれた、最後に乗り越えるべき試練だから。

 

夕暮れに、燃え盛る夕陽を観た。感嘆したのは、丘の上にある施設へと登っていく坂道の途中からの図だった。いつか歩いて、その坂を行こう。天高く火柱をあげるように煌めくあの光を、暮れゆくまで見つめていたい。

 

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【誰かの無事を祈って──想いを乗せた言葉たち】

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2018年2月5日

 

おはよう・いってらっしゃい・きをつけて──。

おかえり・おやすみ・またあした──。

 

あれはいつだったか、とある取引先に打合せに出かけたときだった。現場に出て行くスタッフに、ある教育係的存在の方が声をかけた。

 


「行ってらっしゃい。気をつけて」

 


大きなフロアに、その言葉がなかば虚しく響いていた。他の誰も、自分の仕事に精一杯なのか、声をかける気配がなかったのだ。

 

外出していく方の背中が見えなくなりそうになったころ、怒号が飛んだ。

 


「お前ら、しっかり見送れ!」
「行ってらっしゃい、気をつけてを言え!」

 


若いスタッフが多いその広大なフロアは、予想した通りの反応だった。

 


(えっ? 何か問題かな?)
(仕事に集中してたんだけど)
(あの先輩マジうぜえな)

 


そう言わんとする空気で、なぜ叱られたのかわからぬまま、ポツリポツリと、弱々しい声で見送る言葉が漏れ聴こえてきた。


そのとき、ぼくには、その教育係の方が言わんとすることを察することができた。

 


──無事を祈る──

 


今、目の前にある無事は、永遠に約束されたものじゃない。

 

親はいつだって、子をそうして送り出す。

 


「慌てて駆けたりしないで、気をつけるんだよ」
「行ってらっしゃい〜ご飯までには帰っておいでよ」

 


勢い勇んで遊びに出かける子供たちの耳に届くように大きな声で、どんなときもそう声をかけてくれる。

 


──それと、同じこと──

 


今日も目覚めた奇跡に──おはよう。
平穏を祈り──行ってらっしゃい。
安全を期して──気をつけて。
無事の帰宅に──おかえり。
安らかな夜に──おやすみ。
次に会えると信じて──またあした。

 


もう、日常のなかで何度も何度も繰り返し使う言葉は、いつしか定型化されて、本来の想いや願いが削がれてしまう。

 

感謝や謝罪の言葉もそうだ。

 


ありがとう──。
ごめんなさい──。

 


これほど大切な言葉を、口癖のように無意識に使ってしまってはいないだろうか?

 


──どうしたら、本当の気持ちを伝えることができるのか?──

 


それは、送り手だけの問題ではない。受け手側にその言葉を真摯に受け止める「こころ」があって初めて成り立つものだと、ぼくは確信している。

 

そうしてこころを交わし会えたとき、ひとは初めて「安心」を得るのかもしれない。


そんな大切なことを、改めて感じさせてくれたこの奇跡の出逢いに、今夜、感謝の気持ちが溢れている。

 

 

いつからか、夜、眠る前に胸に手を置くようになった。鼓動を感じながら呼吸をしていると、毎回、不思議に思うことがある。

 


──なぜこんなに胸は暖かいのだろう──

 


その理屈くらいは理解している。けれど、科学が解き明かしたそれが唯一の解とは限らない。

 


──こころがここにあるから──

 


いつか問われるときがぼくに訪れたら、そう伝えたい。

 

未だ見ぬ君に、希望の未来を託して──。

 

 

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【今夜、誰かの不安が癒えますように】

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2018年2月4日

 

2018年2月4日

 

溜まった洗濯物を届けに、夜、母の面会へ向かった。

 

 

──いつも通りのひと時──

 

 

繰り返される話に耳を傾けながら、ときおり言葉をかける──。

 

 

「そうだね」

 

 

お隣の入居者の方は、風邪を召されているのか至極調子が悪い様子で、就寝時間前になって何度もナースコールを頼っていた。お向かいの方はトイレに行きたいと、やはり何度も職員の方を呼ぶ──。

 

 

専門家と言えども、人。

彼らの憂いは、どこへ吸収されるのだろう?

 

 

そんな様子を耳にしているうちに面会時間終了の時刻に。

 

 

「アホなこと言ってみなさんを楽しませてあげるんだよ」

 

 

母と交わした約束を今夜も確認して、おやすみを伝えた。

 

エレベーターを降降りて外へ向かうと、出入口付近に赤いランプの光が反射していた。

 

母への救急要請ではないことは間違いない。

 

 

でも…。

 

 

──今夜、誰かがどこかで、不安に怯えている──

 

 

救急車が出番を待つ様子を見つめながら、いつか噛み締めた真夜中の病院での孤独を思いだしていた。

 

 

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【介護者としての日々は作務のようなもの】

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2018年2月3日

 

学校を卒業して以来、組織らしい組織に属したことがないせいもあって、季節行事からはますます遠のいている──節分もそのうちのひとつだ。

 

我が家では、そもそも母がまったく季節行事をやらなかった。それには、母のなかでは理由は明確にあるらしい。

 

 

「京都に嫁いで、年中、季節行事をこなしたから、もうええわ」

 

 

昭和30年代のこと。嫁ぎ先が大家族だったうえに商売もやっていたから、取引先や関係先からの人の出入りも多い。しかも母は長男の嫁。さぞ大変だったことだろう。

 

そんなことを思い出しながら、深夜になって洗濯物のアイロンがけを始めた。今回は、母のものも自分のものも、だいぶ溜めすぎている。施設に届ける母の衣類から優先して進めていったが、量が多くて自分のシャツには手がつけられなかった。

 

 

──作務──

 

 

淡々と手を動かしている間に頭に浮かぶ思考──。

 

 

それこそまさに「気づき」だ。

 

修行僧に課せられる「作務」の目的のひとつもまた同じなのではないかと想像できる。

 

この5年という時間、苦しいことばかりでは無論なかったけれど──悪いことばかりじゃない──そう捉えられるようになるまでは相当な時間が必要だった。

 

 

「こんなことをしている間に、するべきことがあるんじゃないか?」

「ここでキャリアが止まってしまうのだろうか?」

「遠い未来に介護者としての終わりのときを迎えて、ぼくは何を思うのか?」

 

 

今になって振り返れば、そんな心配は何も必要なかった。

 

 

──目の前にあることに向き合うことしかできない──

 

 

──今から目を逸らさないための鍛錬──

 

 

この時間は、母がぼくに与えてくれた、最後の修行のとき。

 

 

どんな苦行をも生き抜くための──。

 

 

それは、これからの時代に、これからのぼくの歩みに、欠かせない「ちから」。

 

それが、今日までに得た、数えきれないほどの「気づき」のひとつ。

 

いつまでも、変わることのない深い感謝を、母へ。

 

 

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【母の黙示録】

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2018年2月2日

 

東京に今年2度目の雪は積もった日──。

 

顔を合わせるのが少し久しぶりだったからか、今日の母は、会話の隙間にいつもの台詞をやけに繰り返した。

 

 

「あんたが生き甲斐や。頼りにしてるで」

 

その表情は、親の不在を案じる子供のようにみえた。

 

 

──さみしい思いをさせてしまった──

 

 

ぼくも幼いころ、こんな表情を浮かべて母を見つめていたのだろうか?

 

 

「頼りにしてもらえるように、しっかりするよ」

 

 

込み上げてくるものを感じながら、そう応えるのが精一杯だった。心の震えを悟られないように、必死に言葉を紡いだ──

 

2度目の雪が降ったこと

前よりも積もらなくて雪かきせずに済んだこと

雪化粧のなか向かった墓参りのこと

兄が影ながらサポートしてくれていること

今春と来春の上演のこと──

 

 

 

「それを観るまでは生きてなあかんな」

 

 

そう言って、母はいつものように顔をくしゃくしゃにして笑った。

 

 

「今日は寒いんか?」

「格好を観て想像してよ」

 

 

いつも話を遮るようにして、母はまた質問を始めた。施設に入ってから初めての冬、外の様子が気になるのか? それとも季節の話題をするのが会話の定石という記憶が未だ残っているのか?

 

 

母は、一切を語ることなく、言葉にならないぼくの心の声を映し出す──。

 

 

──黙示録──

 

 

今夜の母は、ぼくの手を出して強く握りしめながら、素直に言葉を放った。

 

 

「大きくてあったかい手や」

 

 

数年前、ショートステイに初めて母を預けるとき、手を引いて歩いた。そのとき、初めてきいた言葉だった。あのときの、気持ちは今でもよく憶えている。

 

たとえ、いつか理解することさえできなくても、安心させて送り出したい。

 

 

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