主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【ぼくらしい日】

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2018年2月10日

 

泣いちゃいそうだよ──。

 

母が高熱を出しているという報告が、午後、ケアマネージャーから届いた。風邪の兆候はないので、尿路感染症の疑いとみて抗生剤を投与したとのこと。過去に2度、尿路感染から敗血症を起こしたことがあるので気がかりになり、身支度を整えて母の面会に向かった。

 

家を出て駐車場に向かっていると、ご自宅の玄関先で雪かきをされているおばあさんに出逢った。とても小柄な身体には不釣合いなほどの大きなシャベルを持って、なんともおぼつかない手付きでひとり、小さく固まった残雪をどうにかどかそうとしていた。

 

先を急いでいたけれど、母と同じ歳の頃のおばあさんのことがだいぶ心配になって声をかけた。

 

 

「こんにちは。どうされましたか?」

「毎朝来てくれる郵便屋さんに迷惑かと思って雪かきしているんだけど…。」

 

 

残雪は、迷惑には程遠いほど小さく、そして既に道の片隅によけられていた。次に陽が照ればきっと溶けてながれるくらいだったが、どうにもその雪塊が気になる様子で、高齢でそれほど自由になるわけでもなさそうな身体をいっぱいに使って作業をされていた。

 

 

「やりましょうか?」

 

 

そう伝え終わるよりも先にショベルを受け取って、一息で側溝まで移動させた。

 

 

人生の大先輩に失礼なものいいだが、おばあさんは、はにかんだ笑顔の素敵な、とても可愛らしい方だった。

 

そこから、よもやま話の始まり──。

 

母と同じ昭和一桁生まれなこと──

学徒動員で田舎から東京に出てこられたこと──

同い年のご主人と20代始めに結婚されたこと──

今ではひ孫もいらっしゃること──

ご主人は随分と前に先立たれたこと──

以来ひとりで暮らしていること──

息子と娘は遠く離れた場所で暮らしていること──

関西に暮らす娘さんから一緒に暮らそうと誘われていること──

山登りと読書が好きだったこと──

昔のこの街の景色のこと──

ご近所付き合いのこと──。

 

 

そんな話を、繰り返し繰り返し、ぼくにして下さった。

 

 

──今の母と似ている──

 

 

母の現在よりはだいぶ軽度だと感じたが、世間では、認知症と言われる初見が見受けられた。

 

こうしたご老人が一人暮らしをしている例は、今ではもう数えきれないほどになっているのだろう。

 

東北の震災のあと、仙台市内の住宅街に親戚を訪ねていったときにも、今日と似た気持ちになった。

 

あの日、すっかり陽の落ちた夜の時間、駅まで向かうためバス停で待っていると、地元に暮らすおばあさんがやってきて、お話しする機会があった。

 

 

「主人に先立たれて今は一人暮らし」

「息子たちは県内に住んでいるけれど、仕事があるからといって、だいぶ離れたところに暮らしている」

「わたしは運転ができないから、買物に行くにも駅までバスで行かないといけない」

 

 

──いったいぼくたちは、どんな暮らしを築いてきたんだ?──

 

 

家族が、機能できない──。

 

 

そんな暮らしを強いられて、それを疑問に思うおうとも「そういうものだから」と口にする。

 

おばあさんの繰り返される話しが続くに連れて、いろんな記憶が呼び覚まされ始めた。

 

 

小一時間ほど、道端で立ち話──おばあさんに、少しでも楽しんでもらえただろうか?

 

 

予定より少し遅れて、母のもとへ。案じていたよりも元気そうで安心したけれど、バルーンに採取された尿は、報告にあった通り、相当に濁った色をしていた。熱にうなされていたせいか、ろれつもだいぶ回らない。幸いにも抗生剤が効いたようで既に解熱していたが、次週に予定されている一時帰宅には影響があるかもしれない。

 

 

帰り道、車を運転しながら思う。

 

 

──科学の支えがなければ、ひとの寿命は、自然に近づく──

 

 

正しいことなんて、何もない。

 

ただ、誰もが精一杯に生きて、できることをやるだけ。

 

それでいい。

それが誰かのためになるなら。

 

きっと、それでいいんだ。

 

 

──地域に掲示された標語が、これまでで一番、虚しく響いた。

 

 

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