【(心地よい関西弁で聞く)来てくれて、ありがとう】
2018年1月2日
こじらせた風邪も癒えてきたので、今日はいつもの森を抜けて母に逢いにいった。
「今日も来てくれるかねぇ…と話されていたんですよ」
部屋に入るなり、スタッフの方がそう声をかけて下さった。家族や子供がいたりすればこうもいかないだろうけれど、自由な身分を活かせる数少ない機会を、今、使うとき。
「来てくれて、ありがとう」
記憶が薄れても忘れることのない関西弁のイントネーションで、母は終始、そう伝えてくれた。
余計な一言をどなたかに放ってしまったせいで、窓辺のテーブルに移されてしまった母だけれど、ここにも意外な幸運が待っていた。
「ここから景色をみていると、1日がすぐに終わって、いい」
「それは、退屈で何もすることがない、ってことかい?」
そう訊ねると、まるで話しの落ちを付けるかのように、変わりないいつもの笑顔を添えて母は笑った。
「こんなに時間があるんだから、ぼくも同じ境遇になったら、何をするかな?」
そう口にしてしばらく考えてみた。
──何も思いつかない──
「やっぱり、ぼんやりするかもね」
そう伝えると、母はまた和かに笑った。
施設に休みはない。ぼくらの代わりにお世話して下さっている有り難さを改めて感じた。
ここに来てから、体調を崩したことは一度もない。自宅でひとり、ぼくが看ていたころは、ぼくの余裕のなさを映すようにして調子を崩した母だが、ここでは至って元気に過ごせている。
──ひとりでは、看られない──
母をみまもりながら、何度も思った。子供に両親がいるわけを。ひとに家族が必要なことを──。
当たり前としているけれど、そこには理りを超えた自然の法則がきっとある。
互いに支え、励まし合い、ときには足りないところを補う…もしものことがあっても、残ったものが家族をみまもる。
──自然は、人が考えるより遥かに逞しい──
木陰に隠れてしまっていたが、この東の空の先には、スカイツリーがある。展示していた作品を観てもらうために母を連れ出したのは…もう5年前のことだ。思えばあの直後が、すべての始まりだった。
帰り道、せっかくだからと寄った、駒形どぜうをいただいたのが、2人で囲んだ最後の外食のテーブル──大阪生まれの母には、地元のどじょう鍋の方が美味しかったらしい。もちろん、ぼくにとっても、母が作ってくれたそれの方が美味しく感じられた。
年末の掻き入れどきに伺ったせいで、ひどい酔っ払いばかりが溢れていて…
「これくらいの勢いを、江戸前というのかもね」
なんて皮肉を、母と話していた気がする。
どれもこれも、今となっては、すべてがいい想い出。
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【20,000回の奇跡】
2018年1月1日
目を閉じて、再び目を開く
──瞬きひとつ──
息を吐いて、もう一度空気を胸いっぱいに吸い込む
──呼吸ひとつ──
それぞれ1日に2万回に迫る数を繰り返すと言われる「瞬きと呼吸」──。
当たり前のように、無意識に行っているそれらの活動も、永遠に続くと約束されているわけじゃない。
まるでこの地球の姿を映すような美しい月の顔を見上げながら、今夜、そんなことを想った。
──瞬きひとつ、呼吸ひとつ──
それは、奇跡の連続に他ならない。
──ぼくらは日々、奇跡と共に生きている──
それを特別なこととして自覚することなく暮らせる当たり前の日々を、人は幸福と名付けたのかもしれない。
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【面会はじめ──2018年元旦】
2018年1月1日
昨日に続いて、元旦の無事を祝うべく、母に逢いに行った。
今日も元気に和かに、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべていた母に、新年の挨拶を。
「今日は元旦だよ。挨拶しないと」
「えっ? 何やったっけ?」
そう言って、母はまた顔をくしゃくしゃにして笑った。
昨日から、母が起こした問題が原因でひとり離れたテーブルに座らされていたが、今日はお隣に男性が座っていた。でも、術後の症状が重たいのか、言葉は発せない様子だった。それでも母は気にすることなく、大広間の中央を向いて椅子に腰掛け、退屈そうに座っていた。
すると、少し離れた場所から、男性がジェスチャーを母に送っていることに気づいた。母を笑わせようとして下さっているようだ。その方も言葉が不自由な様子だったが、それでも懸命に、全身を使って母に話しかけて下さる。母も嫌がる様子なく、終始笑いながら話しに耳を傾けては応答していた。
会話の内容は、子供同士のじゃれ合いのように、母たちだけのなかで伝わっているらしかった。今のぼくには、まだわからなかったけれど、楽しそうにしていたから、それでいいと思った。
そして何より、母は恵まれている、と、改めて感じた。
──どこにいってもひとりぼっちじゃない──
特別何か努力をしているわけでもないのに…その秘密を、ぼくも知りたい。
つい先日まで母の隣でお話をして下さっていたHさんにも、新年のご挨拶をした。すると、母の席が離された訳を訊ねられた。お世話になっているHさんを嫌な気持ちにさせたわけじゃないことにひとまず胸をなでおろしたが、問題は、母がなぜ席を離れることになったのか自覚できないこと。健常と分類される間柄でさえも諍いは起こるものだが、せめてこの場所では誰もが穏やかに過ごして欲しいと願う。
──母は幸運だな──
周りの皆さんに心配してもらえる母をそう思うことがこの5年の間、とても多くなった。しかし、ぼくの記憶の外側では、若くして未亡人になるなど、母も苦労を重ねてきたことを忘れないようにしたいと、想いを新たにした。
そして、元旦の今日、去年からより強く想うようになった「今この瞬間のこと」について、捉え方を見直したいと感じた。
──あとどれだけ時間が残されているのか?──
それは誰も教えてくれない。ぼくがするべきことは何なのか? 次の瞬間のための選択を、より意義あるものにするために…たとえどんなに蔑まれ揶揄されようとも、或る定めのために、自分のもてるすべてを捧げたい。
今夕、母宛ての年賀状を届けた。手渡すとだいぶ爪が伸びているようだったから、爪切りを借りて切ってあげた。あらゆるものを無造作に触ってしまうせいか、爪にはだいぶ色が染み付いていた。切り終わった爪を集めて眺めては、施設での母の振る舞いとそれに対応下さっている職員の皆さんの姿を色々と想像した。
今夜、母に席の真後ろにある窓から、大きな月が見えた。元旦の明け方にも見た、あの巨大な月だ。
窓越しに写真を撮ってみる。
──ぼくの頭上にお月まさ──
なんだかいい気分だった。
母への差し入れを買いに入った便利店で、ふと気になって、自分のためにこの飴玉も買ったのは、偶然ではない気がした。
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【母、年の瀬の反省】
2017年12月31日
施設に行くと、いつもの席に母がいなかった。
「部屋で横になっているのかな?」
と思って向かうともぬけの殻──。
「リハビリか?」
「お風呂か?」
「席替えがあったのか?」
──いろいろと可能性を想像しながら衣類の整理をして大広間に戻ると、輪から少し離れたテーブルに母がひとり座っていた。
特に不思議に思うことなく、窓辺の洗面台に置かれた母の電動ハブラシを手に取り、交換ブラシを新品に取り替えていると、職員の方から説明があった。
どうやら、母が悪気なく放った一言が、同席の方を怒らせてしまったらしい。そのための緊急措置でひとり座らされている旨、理解を求める口調で説明があったが、無論ぼくもその措置は当然だと思うので即座に返答した
「制裁を与えてください」
悪気がないからといって、相手の気持ちを思えば許されることではない。
しかし今の母にはもう、人の気持ちを想うことは不可能なのだろう。表情を見ると何事もなかったようにしていた(それでは困るのだが)。
かつて自宅で母を看ていたとき、母のなかで何が起きているかも分からず、勝手気儘に繰り返される言動にぼく自身、相当苦しめられた。こちらが激昂して嗚咽を漏らしながら訴えようと母の心には響かず…そんなこともあった。
──それが認知症の症状のひとつだということは後に知ることになる──
良かれと思って放った一言でさえ、相手を傷付けてしまうこともある。よほど気の知れた間柄であっても、同様に…。今の母に、誤解を解くための行動を期待することはできない。
「子供のケンカには不介入」なのと同じく、「親のケンカにも不介入」だと思い、同様にどなたに対して失礼があったのかは訊かなかった。
ただ、いつも母と話しして下さっていた方には、お世話になったお礼と年越しの挨拶をさせていただいた。そして、もしもの場合を考慮して、深々と頭を下げた。
──年の瀬に、やれやれ──
母の、周りを楽しませようという、今できる限りの気遣いが、この先、空回りしないといいのだけれど…。
さらに案じるのは、その言動が、母自身でさえ未だ捉えていない母の心のうちかもしれないこと。それをぼくに伝えようとしているのであれば、見逃さないようにしたい。
何ともため息混じりな暮れとなったけれど、母とも和やかに年の瀬の挨拶をして、家路に着いた。
「まだ生きていたらよろしくお願いします」
母はそう言って深々と頭を下げ、いつものようにぼくを笑わせては、やはりいつもの笑顔を浮かべて、ぼくを送り出してくれた。
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【歳をとったら身なりをきちんとせなあかん】
2017年12月31日
いつごろからか思い出せないが、居間に常設されたアイロン台。家事の負担を減らすために「アイロンだけはかけない」と去年までは固く誓っていたのに、遂にその誓いを打ち破り、いまではもう主夫を飛び越え、完全に「ママ化」している。
大晦日の今日、今年最後のアイロンかけは、母の衣類。最近ではフリース地のものまでアイロンをかけている。施設で周りを見渡すと、着替えの機会も限られていることもあって、シワになったままの服を着ているせいか、どうしても見すぼらしく映る。フリースだって、やっぱりアイロンがけしたものはシャキッとみえるし、たとえ本人が自覚できなくても、きちんとするべき、と気持ちを改めた。
「歳をとったら身なりをきちんとせなあかん」
だらしなくしていてもそれなりに見えるのは、若さゆえのこと。幼いころからそう教えてくれた母に、今、ぼくがお返しするべきとき。
──とは言ってみたものの、これは、この1年、母が自宅を離れて以来してあげられることが少なくなっている自分への慰めのような気もしている。
さて、そろそろ年の瀬の挨拶をしに、仕上がった洗濯物を持って母に会ってこよう。
相変わらず色んなことがあったけれど、今年も無事に過ごせたことに感謝を。
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