【母、年の瀬の反省】
2017年12月31日
施設に行くと、いつもの席に母がいなかった。
「部屋で横になっているのかな?」
と思って向かうともぬけの殻──。
「リハビリか?」
「お風呂か?」
「席替えがあったのか?」
──いろいろと可能性を想像しながら衣類の整理をして大広間に戻ると、輪から少し離れたテーブルに母がひとり座っていた。
特に不思議に思うことなく、窓辺の洗面台に置かれた母の電動ハブラシを手に取り、交換ブラシを新品に取り替えていると、職員の方から説明があった。
どうやら、母が悪気なく放った一言が、同席の方を怒らせてしまったらしい。そのための緊急措置でひとり座らされている旨、理解を求める口調で説明があったが、無論ぼくもその措置は当然だと思うので即座に返答した
「制裁を与えてください」
悪気がないからといって、相手の気持ちを思えば許されることではない。
しかし今の母にはもう、人の気持ちを想うことは不可能なのだろう。表情を見ると何事もなかったようにしていた(それでは困るのだが)。
かつて自宅で母を看ていたとき、母のなかで何が起きているかも分からず、勝手気儘に繰り返される言動にぼく自身、相当苦しめられた。こちらが激昂して嗚咽を漏らしながら訴えようと母の心には響かず…そんなこともあった。
──それが認知症の症状のひとつだということは後に知ることになる──
良かれと思って放った一言でさえ、相手を傷付けてしまうこともある。よほど気の知れた間柄であっても、同様に…。今の母に、誤解を解くための行動を期待することはできない。
「子供のケンカには不介入」なのと同じく、「親のケンカにも不介入」だと思い、同様にどなたに対して失礼があったのかは訊かなかった。
ただ、いつも母と話しして下さっていた方には、お世話になったお礼と年越しの挨拶をさせていただいた。そして、もしもの場合を考慮して、深々と頭を下げた。
──年の瀬に、やれやれ──
母の、周りを楽しませようという、今できる限りの気遣いが、この先、空回りしないといいのだけれど…。
さらに案じるのは、その言動が、母自身でさえ未だ捉えていない母の心のうちかもしれないこと。それをぼくに伝えようとしているのであれば、見逃さないようにしたい。
何ともため息混じりな暮れとなったけれど、母とも和やかに年の瀬の挨拶をして、家路に着いた。
「まだ生きていたらよろしくお願いします」
母はそう言って深々と頭を下げ、いつものようにぼくを笑わせては、やはりいつもの笑顔を浮かべて、ぼくを送り出してくれた。
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