主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと

【微笑みがえし】

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2018年2月15日

母の一時帰宅、中日、2泊目──午前と午後にまたがる長い長い通院付添いの日。

帰宅初日同様に、朝からおんぶの達人(男性ヘルパーTさん)に来てもらい、母を2階から玄関まで担いでもらう。母もすっかりTさんの背中に慣れたようで、怖がることなく、大きな背中に大人しくしがみついている。


──微笑ましい光景──


今日は、眼科と循環器内科の定期受診日。今回の一時帰宅に合わせて予約を変更した都合で、眼科は予約が取れず、当日空きがあれば、という状況だった。早めにでたつもりだったが駐車場はだいぶ混雑していて、入庫待ちの状態。午前の受付にどうにかという時間だったが、こんなときに焦っても仕方ないので、母と車の中で、歌を聴くことにした。


──プッチーニ作曲〈誰も寝てはならぬ〉──


車移動のとき、このところいつも聴いているバヴァロッティの歌う一曲。最初の歌い出し「ねっすんどぉ〜るまぁ〜」の部分と、最後のロングトーン「ゔぃんちぇ〜ろぉ〜」のところだけ歌詞を覚えているようで、そこだけは合わせて歌っている(今の母の歌いようは「ひらがな表記」にするとその雰囲気が伝わる)。最近何回も聴いているせいか、以前より音程も取れるようになってきた。

驚いたのは、歌った記憶が定着したこと。最近の記憶なんて何も残らないのに、携帯電話の画面にパヴァロッティの顔がアップになったジャケットが表示されることも、車のなかで歌ったことも憶えていた。

家で、自分から「見せて」といったテレビ番組を眺めても感想すら口にしない母だが、やはり、音楽は母にとって、特別なものなのだろう。手を叩いたり笑顔を浮かべたり、言葉よりも自由な「感情」を表す。

その様子をみつめて改めて痛感することはいつも同じ──。


──音楽のちから──

それを深く深く感じられるようにしてくれた母のことを想うと、熱いものを感じずにはいられなくなる──朗らかに、和かに、まさに「音を楽しむ」ように助手席で歌う母を傍らに感じながら、今にも溢れそうな視線を悟られないよう、そっと遠くを見つめていた。

終了時間目前になって、どうにか総合受付までたどり着いたが、案の定、眼科はいっぱいらしく、受診は難しいとの返答があった。仕方なく予約を押さえてある後日に出直すことにしようとしがた、そのとき偶然にもぼくの隣に、長年お世話になっている眼科担当の看護師さんが何かの確認に受付にいらしていて、やり取りを伺って下さっていたのか「大丈夫ですよ」と、声をかけてくれた。


──嗚呼、今日もなんて素晴らしい1日なんだ──


ここところずっと、母の幸運に便乗させてもらってばかりだ。

今日になって膝が痛いと言い出すので、急遽、整形外科も受診することにした。幸運だったのは、週に一度、その日の午後にしかいらっしゃらない担当医の診察日が、まさに「今日」だったこと。


──幸運──


いくつかの検査とながい待ち時間を経て、すべての受診を終えたころには、もう16時をまわっていた。ぼくらも疲れるが、医療関係者はこれを毎日やっているのだから、本当に頭が下がる。

幸いにして、膝の痛みも、眼も、心臓も、一切問題なし。母は普段と変わらず「はよあの世に行きたい」と会話にオチをつけるが、いずれの先生方も「これだけ元気ならまだまだ呼ばれそうにないね」と、慣れた表情で応えて下さった。

この5年半近くで、母を受け持って下さった何人もの担当医が移籍された。その都度、新しく出逢う先生方は、これまで通り話をきいて下さるか案じたものだが、ここまでは、その不安は取り越し苦労で済んでいる。

それはきっと、母が和かに微笑むからに違いない。

認知機能が衰え始めたころ、自分の症状を上手く伝えられなくて医師とのコミュニケーションが取れず、母自身が苛立っていたこともあった。


「あの先生は、話を聞いてくれない」


傍でみまもっていたぼくでさえ、母の説明は不可解だった。代わりにぼくが説明する様子も、母には不満だったのだろう。

あれから、何もかも変わってしまったけれど、和かに笑う今の母をみつめていると、心から思うことがある。


──今こうしていることも悪くない──


近頃の母は、誰彼構わずに手を振って、笑顔を振りまく。知らないおばあさんから突然に挨拶されて怪訝な表情を浮かべる方もいらっしゃるけれど、ほとんどの皆さんが状況を察して、笑顔を返して下さる。


──微笑みがえし──


いつだって、今日のことは、誰にも想像し得ない。


──これでよかった──


ようやく、そう思えるようになってきたようだ。

──溢れるものは、一向に抑えられそうにないのだけれど。


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