主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【孤独のラザニアで50歳を祝う】

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2020年12月26日

1日遅れのメリークリスマス。

しかし世界は広い──日本時間26日14時現在、サンフランシスコではクリスマス・ナイトのクライマックス。それに、昼間の明るい時間にメリークリスマスというのも何だかいい気分だ。子供時代のクリスマス会の景色はまったく呼び覚ませないが、きっと何か素敵な想い出がぼくの心のなかに詰まっているのだろう。

昨日はパンを焼いて「孤独のラザニア」を食べるのだっ! と意気込んだものの、ミートソースを完成させたところで力尽きてしまった。

振り返れば、ラザニアは、緊急事態宣言後、最初の1週間を乗り切るために作って以来で、すっかり勝手を忘れてしまっていた。材料もおぼろげで、ミートソースを作るのにトマト缶が必要なことさえ思い出せなかった。このコロナ禍、さらに手際が良くなった野菜の微塵切りを、たまねぎ〜にんじん〜セロリと済ませたところまでは順調だったのだけれど、合挽き肉を炒めている途中で思い出し、買いに出かけた。

いや、パン生地を発酵させている間に仕事をしたり家事をしたり・・・そんなマルチタスクをしてしまったゆえ、脳が劣化を起こしたのだろう。ひと昔前は、「マルチタスクをこなせてこそ仕事のできる証」などとうたわれていたが、脳科学では推奨されていないという。どおりで在宅介護者時代は、何事も停滞していたわけだ、と最近になって思い返したりしている。


──こんな見た目だったっけな?──


と、オーブンに入れる前は感じたのだけれど、焼き上がってみると、見事だ。まるで──


「ぼくがこれから行く道がハッピーエンドを迎えることを表象している!」


と都合よく考えることも、脳の健康には効果があるらしい。脳は意外と単純で、考えたことを現実化させようと機能するのだそうだ。昔ながらの「言霊」の効果が、脳科学でも証明されている──ぼくはそう都合よく解釈して、2020年を今日まで過ごしてきた。


──問題は解決する。ぼくが生きている限り──


だから、授けられたこの生命を全うするのだ!

と、健康度外視の超ハイカロリーなラザニアを頬張りながら考えていると・・・


──大当たり──


ミートソースの味付けに入れたままにしていた鷹の爪を見事に噛み砕いていた(苦笑)

これからいいことありそうだ。

12月17日──無事に50歳を迎えた。子供のころには触れることはもちろん、その存在さえ知ることがなかった、複雑に絡みうたくさんの気持ちがこの世界に満ちていることを感じられるようになった。そのこと自体に、他と比較できない大いなる価値を覚えている。それが何より嬉しく、ありがたく思う。


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【久々に車椅子を押した日】

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2020年12月15日

この街に身体のメンテナンスに通うようになって、もう1年以上が経った。いつも通り、午後のゆるめの時間に治療を終えて、今日も日用品を買い求めに周辺を歩いた。

30分ほどで用事を済ませたあと、ふと街の喧騒から離れたくなって、ひと気の少ない方へ足を向けた。するとそこには、まったくといっていいほど必要とされていない空気に満ちた空中広場があった。病院が併設された駅ビルの共有スペースとして設けられた場所のようだが、いかんせん、建物の北側にあるため、この時期、誰もここに足を向けない。けれど、そんな「都会の穴」こそが、ぼくには貴重な深呼吸できる場所になる。

地上4階ほどの高さのあるこの場所まで階段で上がったが、今日は息切れもほとんどない。この1年苦しめられた呼吸の問題がさらに改善されてきている証だ。パルスオキシメーターの数値に近ごろ改善傾向が見受けられることからもそれは明らかなのだが、この瞬間、身体の感覚でデータの確かさを証明できたようで、少しだけ気分が高揚した。

残りの用事を済ませに次の目的地へ移動するため地上に降りると、ちょうど目の前で、車椅子に乗った男性が歩道の僅かな高低差に立ち往生されていた。


「お手伝いしましょうか?」


自然と目があって介助することになった。目的地を伺うとすぐ近くだったので、建物の入口までお供することにした。駅前の歩道は、見た目にはいいが、レンガを敷き詰めたような設えになっているので、自力で車椅子を操るのは普段以上に力がいると予想される。しかも、歩く身体も強張るほどのこの寒さだ。

車椅子を押しながら、この感覚が実に久しぶりだということに気づいた。


──母の車椅子を押したのは、いつ以来だろう?──


記憶を辿ると、すぐさま蘇ってきた光景があった。


──2018年5月──


あの劇場で過ごした夜が最後だ。

車椅子の押し手のハンドルの位置は、こんなに低かったろうか? だいぶ前屈みになる体制になるゆえ、押し始めから一瞬にして腰に痛みを覚えた。いや、この方が使われているモデルがたまたま低い位置に付いているのだろう──そんなことを考えていたら、テコの原理が働いて、前輪が浮いてしまいかけた。きっと怖かったろうに、特別なにも言わずにぼくの慣れない介助を受け止めて下さって恐縮した。

目的地までは、1〜2分の距離。けれど相変わらず黙っていられないぼくは、すぐさま世間話を始めた。


「いつもお一人でこられるんですか?」
「ええ仕事帰りに」
「今年は大変でしたから師走を迎えられて何よりですね」
「そうですね」
「生きてるだけでラッキーですよね」


最後は、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。

エレベーターで別れると、男性は「すみません」と「ありがとうございます」を繰り返し繰り返しぼくに伝えてくれた。

ひとはみな、誰かを頼って生きている。


──なんでもひとりでこなせるだなんて大間違い──


ぼくにそう教えてくれているようだった。


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【介護者生活8周年── 信じる・受容れる・自然に過ごす──無意識の決断】1/3

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2020年10月21日


かつて母が過ごした介護老人保健施設に隣接する森のなかで、これを書き始めた。

同じエリアにある、母のかかりつけの病院へ今年も健康診断の申し込みにやってきたのだが、2020年はこれまでとは勝手が違うらしい。感染拡大防止のためか、すでに定員オーバーとのことで、折り返すように家路へ。しかし、今日の本当の目的は、この場所に身を委ね、平静な時間を味わうことだった。ゆえに、今日もぼくは、願いを叶えたのだ──そう強く言い聞かせようと明るい光を自らに注ぐと、ぼくの背後には色濃く影が落ちる。注ぐ光が強ければ強いほど、決して満足とはいえない現状を表象するように、その影は存在感を増していく。

世界を一変させた出来事の目撃者となった2020年──その真っ只中で暮らす日常は、ぼく自身をも変化させた。

振り返ればこの1年、全力を上回る勢いで創作に打ち込んだ。2018年暮れに、母が正式に特別養護老人ホームに入所したことを契機に、介護者としてひとつの節目を迎えたぼくは、2019年、創作のことを主眼にどこまでできるか試していたような気がする。


──求められる場所で全力を尽くす──


結果は出した。自分が掲げる創作における目標と発表したのちの受け入れられる様まで、頭に描いていた通りになった。ただ、唯一想像していなかったのは、自身の故障──冷静に思い返せば、それも当然の結果だった。あれだけ惜しみなく情熱を注いでしまえば・・・気づけばこの暮れで50歳を迎える。かつてと同じような加減ではいかないとわかっていながらも、本来なら、あらゆる条件が整って、もっとも充実した創作に打ち込める時期になると願っていた40代のほとんどを、介護者として過ごすことになったその遅れを、この1年で取り戻そうとしていたのかもしれない。

自宅でぼくがひとり母を看ていた時間が4年、母が自宅と病院、施設を行ったり来たりするようになってからさらに4年が経ち、この10月で、介護者として丸8年が過ぎた。特別養護老人ホームに入所させてからも2年になろうとしている。「特養入所」という節目を迎え新たな決意を表明をするために「元介護者」という肩書きを記してはみたものの、気持ちにはあまり変化がなかった。母との濃密な時間を過ごす間に生じてしまった様々な問題が未だ解決の途にあることも理由ではあるのだろうが、本当の理由は他にあるような気がして、今もこの森に身を沈めて内観を続けている。

母が暮らす特別養護老人ホームは、今年の季節性インフルエンザの時期から例年通りの面会制限に入り、続く新型コロナウィルスの影響による感染予防対策のため、面会制限は今も継続されている。面会ができないわけではないのだが、思うところがあり、互いに無理なく顔を合わせられるようになる時を待つと決めた。しかし、世界はそんなぼくの小さな希望さえ受け入れてはくれないほど、今も静かに荒れ狂っている。母を想うだけの日々が、これほどまでに長くとは予想していなかった。けれど、これもまた、母を見送るまでに必要な心構えとして、見えない大きな力に試練を与えられている──この8年、何があっても、どんなときにも、そう思うように努めてきた。


「あんたはひとりで生きていけんのか?」


介護者としての日常は、母に絶えずそう問いかけられているような気がしてならなかった。きっとぼくが、ぼく自身を信じ、受容れ、自然に過ごすことができる日を迎えるまで、母はこの世で「母」としての役目を果たそうとするのではないか・・・いつか覚えたそんな予感が今も続いている。

2/3へつづく

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【介護者生活8周年── 信じる・受容れる・自然に過ごす──無意識の決断】2/3

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2020年10月21日


8年前のあの日、突然我が家に鳴り響いた轟音──そのとき感じた不安と恐れは今もはっきりと憶えている。音を専門とする身だけに、その異常な音の質感は、一瞬にしてぼくの想像力を掻き立てた。


──かなり大きなものが落ちた音──


何かが倒れた音ではない。何か、かなり質量のあるものが、ある程度高さのあるところから、落ちた──そのときぼくはすっかり眠っていたのだが、それでも、その音の質感からことの事態を瞬時に察し、現場に駆け寄るまでの10秒程度の間に、あらゆる想像を巡らせて、ある覚悟を決めていた。


──不幸中の幸い──


その言葉しか思い浮かばないような状況をぼくは目の当たりにした。

家事をしている最中の転落事故──高齢者にはよくあるケースが我が家で起こった瞬間だった。頭を床に打ち付け、幸いにも外傷はなかったが、脳震盪を起こして記憶が一時混乱している様子が窺えた。混乱は時間を追うごとに増し、事故直後、会話ができた母は救急隊が到着するころには自分の身に何が起きたのかも定かでなくなり、救急隊の姿に怯え、「自分は平気だ」と訴え、担ぎ出されることにさえ拒む姿勢を見せていた。記憶も抵抗も徐々に薄れていき、病院に運ばれて救急措置を受けて病室のベッドに身を沈めたときには、もう言葉も発することができず、視線も虚ろ。話しかけてもぼくのことさえ認識できない様子だった。頬を撫でても感覚があるのかないのかはっきりした反応は返ってこず、声が聞こえているかさえ定かではなかった──あの瞬間、自然に涙が溢れてきたことを憶えている。


──恐れと不安──


それは、恐れと不安に他ならなかった。この先に起こりうる望まない現実の図が一気に脳内を駆け巡った。

外傷は打撲程度だったそうで安堵したが、主治医から1週間の入院を必要とする旨を伺い、その日はいったん帰宅することにした。

翌日、改めて主治医に症状を伺いに向かうと、慌てた表情でぼくを診察室に迎え入れて下さった。


「お母様が突然にたくさん話し出されるようになったんです」


言葉を発することができない要介護老人が事故を起こして運ばれてきたとでも思われたのだろう。脳に衝撃を受けて眠っていた機能が目覚めた! そんな奇跡の瞬間を医師が目撃!・・・それが夢物語ではないことくらい、ぼくには明らかだった。

病室に向かうと、母はいつもの調子で和かにぼくを迎えてくれた。母が普段の様子に戻ったことを主治医に報告し、ぼくは病室に再び戻り、ベッド脇の椅子に腰掛けた。


──今日の無事は奇跡──


そんなことを母に伝えながら、事故の様子やぼくが感じた不安などを話したような記憶がある。

あの日の安堵感は、そう長くは続かなかった。その後、この事故の影響が引き金となって、様々な出来事が母の身に起こるようになった。それはもちろん、ぼく自身をも巻き込むかたちで・・・。

3/3へつづく

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【介護者生活8周年── 信じる・受容れる・自然に過ごす──無意識の決断】3/3

 

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2020年10月21日

あれから8年──もう思い出せないほどたくさんの出来事があった。自分の身には、振り返りたくもない苦い経験までもが起こった。心を病み、何かに、そして誰かに依存し、自暴自棄になりかけては「これではダメだ」と己を鼓舞し、悶絶しながらも再び現実に戻る──その繰り返しを何度も何度も繰り返していた。


──信じる・受容れる・自然に過ごす──


これらは、段階的に果たせるものではない。ひとつの循環の輪のなかにある。このサイクルが機能し始めたとき、ぼくは真の意味で自由になれる──。

これまで、現状を乗り越えようとあらゆる手段を自らに講じてきた。自分の意識改革はもちろんのこと、脳を健やかに保つために瞑想を行ったり身体を鍛えることもした。習慣の効果を信じ毎日のルーティンも課した。もちろん、医療の力にも頼った──この2020年、史上最大の苦境に陥りながらもどうにか「今」を生きていられるのは、考えうるすべてのことを試し、自分と真摯に向き合う術を手にしていたからだと信じている。

けれど、こうして積み上げてきたものがぼくを護る「完璧な鎧」だと過信はしていない。小さな勇気を1日1日、積み上げていく──ぼくにできることはそれくらいのことだ。

このコロナ禍、ある日の朝に、ふと頭をよぎったことがある。


──今日を生きる──


ぼくたちは毎日、無意識に、こう決断している。「眠りから目覚める」とは、今日を生きる決断をしたということなのだ。こんな当たり前のことに気づくまで、およそ50年を費やしたのか・・・。


──ユリイカ──


母との日常のなかで最も長く過ごしたこの家の台所は、ぼくの心の興奮とは裏腹に、いつも通り、心地よい静けさに満ち溢れていた。

万物がそうであるように、自分の気持ちも無常なもので、刻々と移り変わっていく。恐れや不安、怒りや悲しみに自分を支配されコントロールを失うまえに、この「今日を生きる決断をした」という揺るぎない己の勇気を思い返すようにしよう。

森羅万象に善し悪しは存在しない。それは、自分の思考と感情にも同じことが言える。その移ろう感情さえ受容れることができれば、自分を信じ護ることができる。そしてそれを果たせた瞬間こそが、自然に過ごせている証となるのだ。もしくは、自分を信じることさえできれば、感情に翻弄される自分をも受容れられる。あるいは、自然に過ごすことが日常となれば、自らを受容れると同時に、信じることもできるに違いない。


──その循環の輪のなかへ──


きっと人は、生まれたとき、その輪のなかに棲んでいたのだろう。もしかすると、そこへ還るために、ぼくは「今日を生きる」という決断を無意識に50年も繰り返してきたのかもしれない。


──もとの棲家に還る──


これこそが、老いてゆく母を見守りながら、ぼくが授かった気づきである。

人は老いて、この世で背負った重荷をすべて手放していく。知識や記憶、身体、そして自分自身までも──。そうしてもとの棲家へ還る支度を進めていく。その過程をゆっくりと進めていけるのは、とても幸運なことなのだ。

「もとの棲家へ繋がる命綱」を強く強く握りしめ続ける──母が今もそうしているように、いつかぼくも、この世での生を全うする。先立っていった逢いたい人たちが「おかえり」と言ってくれるその場所に無事還るために。


──ただいま──


長い旅を無事に終えたぼくは、そう応える。とびきりの笑顔を添えて。


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【父の五十回忌──2020年、東京にて】

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2020年8月4日

49年前の今日、父が逝った。そのときのことをぼくは憶えていない。いや、憶えているはずもない。


──生後8ヶ月──


その日のことはおろか、父と過ごしたその8ヶ月のことさえ思い出せない。父に抱かれた写真を観ても、どんなエピソードを家族から聞かされようとも、一切の断片さえも呼び覚まされない。


──不在であることが自然──


父がいないことを疑問に思ったり不憫に感じたりすることはなかった。それは何より、陽気で朗らかな母の努力のおかげだった。若くして夫にに先立たれ、幼い子供と乳飲み子を抱えての日々には、この上ない不安に押しつぶされそうになった時間もあったはずだ。けれど母は「楽天的気質」という天賦の才を遺憾なく発揮し、家族を守り通してくれた。

母の存在そのものは、いま振り返ると、ぼくに生き方の手本を見せてくれたような気がする。


──やりたいことををやり通す──


その道のりに、どんな試練が待ち受けているのかは、現実に直面するまではわかるはずもなかった。そしてその現実は、いつだって予想を遥かに超えた「今」を見せつけてくれる。

試練と言えば、「いままさにこのとき」こそ、史上最大の試練だ。ここ数年にわたり解決できぬまま蓄積させてしまった問題が、このコロナ危機によって一気に暴れ出している。今を超えて新しい世界へ辿り着けるのか? 刻一刻と試されているというのに、ぼくの歩みは相変わらずのテンポのままだ。

社会機能が麻痺していく状況に直面するなか、父の五十回忌をどう過ごすのか? そのことついて、かれこれ一ト月ほど前から思案に思案を重ねていた。

我が家の墓は、かつて家族が暮らした東京都心部にある。人々の往来が多いエリアにほど近い場所ではあるが、寺町風情が漂う地区にあるため、人ごみがあるわけでもない。この時期、墓石の前ほど静かで安全な場所はないのではないか? とも思うが、何も確かなことがない状況──ぼくが感染していない確証さえないことを含めて──を考えると、自分の想いを遂げるだのという誰のためにもならない行為はあってはならない。

母からは、三十三回忌で祝い上げとする旨をその当日に聞かされていた。そしてお寺の側からも、今年の夏の法要は、檀家を集めずに行うと伝えられている。特にいま、第二波到来とも言われているなか、寺町に暮らす皆さんのことを思うと、普段より多く人が集まるお盆の時期に差し掛かったいま、声にできない不安もあるだろう。

そして何より、ぼく自身の基礎疾患という問題は、今すぐには拭えない──こうしてあらゆる状況を想像すると、今日、ぼくはここにいるのが相応しい。そう思った。だから、自宅の仏壇の前でそっとひとり、手を合わせることにした。

いつもと変わらなかったのは、父の愛したハイライトとアサヒビール(父が愛飲していたというラガーはもうない)をお供えしたこと。そして…。


──ぼくがいること──


ぼくさえいれば、それでいい。それが叶えられたのだから、今日もまた、記憶に残る日となったと言えるのだ。

昼間、昨秋から施していただいている身体の治療を終えたあと、お供えを買い求めに馴染みのスーパーマーケットに寄った。


(こんなところにも、希望は繋がれている)


ビール缶に刻まれたロゴマークに、そんな願いが宿されているようにぼくには思えた。


──命こそが希望──


今、もう何年ものあいだ唱えている言葉が頭を過った。


──ぼくは、父と母が授けてくれた希望──


その真実を胸に、この生を全うするまで生きる──いまはただ、そのことだけを切に願い続けている。

本家の墓のある京都では、今日、祝い上げが行われたのだろうか? たとえなにもなくても、どなたかが父のことを想い出して下さっていたらいい。兄弟が多かった父だから、きっとたくさんの人たちに懐かしんでもらえているに違いない。


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【笑う門には福来たる──母の日2020】

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2020年5月12日

母が暮らす特別養護老人ホームは、例年、季節性インフルエンザの時季になると、館内での感染予防のため面会制限が行われる。今年はそれが、無期限で延長されている。当然の判断である。

去年から、意識的に母との距離を保つようにしてきた。理由は様々あるのだが、最も大きなわけは、「母の不在」に慣れていくことが必要だと感じたからだった。


──逃れえぬそのときのために──


母を無事に見送ることを目標として介護者生活を送ってきたが、「明日が来るかさえ定かでない」と常々感じて生きてきたぼくには、それが「果たし得なかった約束」として散ってしまうこともあり得ると覚悟している。新型ウィルス危機に脅かされている今となってはなおさらのことだ。

報道により知らされる数々の訃報──ご遺族のみなさんの心のうちを察すると、身を切られる想いに支配されて、一瞬にして気力を奪われる。


──母にもっと会っておくべきだったんじゃないのか?──


かつて強い意志をもって下した自分の判断に迷いがでて、余計に苦しくなる──今はまさにそんなときだ。

施設では、オンラインでの面会にも対応して下さっている。こころある介護を熱心に施して下さるこちらの施設に迎え入れていただいて、我が家は本当に幸運である。職員の皆さんは、感染を免れるためにご自身の日常生活にも制限をかけておられるのではないだろうか? そんなことを想像すると、母との面会を希望することよりも、日々の介護業務にかかる手間を増やしたくない気持ちの方が勝る。現代は便利な電子機器が無数にあるため、母にそばにオンライン面会用のツールをセットすることも考えたが、その保守管理と衛生保全はスタッフの方々の負担になる──そんなとき、すっかり利用機会の薄れた機器に目が向いた。


「そうだFAXで手紙を送ろう」


・ビデオメッセージを撮ること
・メールでメッセージを送ること
・手紙を書くこと


いくつかの方法を検討したけれど、FAXに勝るメリットは感じられなかった。


タブレット端末でビデオを母に見せてもらう手間もいらない
・メールをプリントする必要もない
・郵便物の付着ウィルスの心配もいらない


届いたそばから紙に印字されるFAXの手間いらずなありがたみを今になって深く噛みしめている。


──言葉──


ここから人類の進化が始まった。いまこそ、そのちからを最大限に使いこなそう。幸いにも、ぼくには「語り綴る能力」が備えられているのだから。

施設から送っていただいた写真を観て、嬉しさよりも先に苦しさが込み上げてきてしまった。しばらく会えない間に、母の姿はゆっくりと衰えているようにみえる。

それでも母は、この日も笑顔だった。


──笑う門には福来たる──


母の笑顔がぼくに教えてくれたことだった。

そしてこの言葉にもある「笑顔」の効果は、脳科学でも証明されてるようだ。意外にも単純な脳は、嘘でも笑うと「今の状況は楽しい」と判断するらしい。

少々の不調はあれど、今のところまだ身体の自由も利くうえに、何より今もこうして生きている。


──こんな幸福なことはない──


だから今日も笑うことにする。「は、は、は」と声を上げて笑うのだ。たとえ込み上げてきたものが溢れそうになっても。

おや? なんだか歌ができそうだ。


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