【果たすべき約束がある幸運】
2018年6月4日
6月3日──市原湖畔美術館での、ひびのこづえ展パフォーマンスプログラム、無事、閉幕。未だ経験のない、ながいながいロードを終えた気分だった。
そのエンディングに相応しい極上の上演と、まるで映画のエンドロールを眺めているような助手席からの眺めが、ぼくをより深く感傷的にさせていた。
ひびのこづえ展でのパフォーマンスプログラムのための音楽の準備を始めたのが2月。「家族」「生命」「人生」という作品のテーマが、この数年のぼくが見つめてきた現実と重なり、案じていた通り、苦しんだ。
そこから逃げ出すのは、実に簡単だった。
──暴飲暴食──
自ら放蕩を繰り返し、心身を壊しかけるだなんて…。一種の依存的な兆候を覚えて自戒するに至ったわけだが、そう改心できたのも「果たすべき約束」があったからこそ。
──そして、守るべき人がいるからこそ──
一切の甘えを絶って、己を律する──目指すその境地に達したとき、どんな風景が見えてくるのだろうか?
まずはこの、燃え尽きたあとに必ずやってくる孤独を癒そう。何にも誰にも頼ることなく、独り静かに。
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【願いが叶えられた日】
2018年5月23日
今日は朝から緊張していた。
──母と《サーカス》を観に行く──
子供帰りが激しいこの頃、本番に支障を来すような迷惑を母が起こさないか? または、途中で予想もしていないような体調不良が起きないか?
あらゆるケースを想定しながら、母に着せる洋服を選び、万が一のときに備えて、着替えも準備して、開演2時間前に、特別養護老人ホームへ迎えに行った。
幸いにも、母は昨日と変わらず元気な様子だった。久しぶりにオシャレなシャツに着替えさせてみたけれど、やはりだいぶ痩せてしまったせいか、肩や首元のサイズ感が合わなくなっていた──スカーフを持ってくればよかった。
今日くらいは施設の方に頼らず着替えをさせたい、と、自ら実行するも、足腰の力がますます弱ってきている母を立たせるだけでも一苦労だった。大きく育ててもらったこの身体を小さく丸めて、母を背負うようにしながら対応した。
──身体が大きい息子よかった──
介護者として過ごした日々に感じたそのことを、久しぶりに思い出した瞬間だった。
車椅子への移乗も車に乗せるのも、ますます介助負担が増している。母と同じくらいの背丈だったら──筋肉量の少ない女性だったら──自分の身体が壊れてしまっていたかもしれない。
外は、雨模様だった。施設の方は入所以来初めての外出に雨だなんて、と残念がってくださったが、いつも屋内にいる母には、こうして雨に濡れるのも悪くないはずだ。
道中は、いつものように、バヴァロッティ歌唱によるプッチーニ作曲〈誰も寝てはならぬ〉を聴いていた。よくぞ飽きないものだなと感心するほど、繰り返し繰り返し聴いては、クライマックスの「勝つ」というイタリア語の歌詞「ヴィンチェロ」をパヴァロッティがローングトーンで歌い上げるのと合わせて大きな声で歌っていた。あのロングトーンを歌い切るには、相当息を吸い込んでおかないと合わせられないのだけれど、不思議と、またに同じ長さで歌えるときがある。今の母なりに意識して呼吸をコントロールしているのだろうか?
会場に着くと、かつて現場をご一緒した方に遭遇した。母を紹介していると、「写真を撮りましょう」と申し出ていただいて、場内に設けられている記念撮影ブースに2人で並んだ。
「アイドルスマイル」
そう声をかけると、母はこんな表情を返した。
──本当に子供に帰っているんだな──
3年前の初演のころと比べると、変わりようは顕著だった。劇場を愛した母が、上演中に手を叩いて喜ぶようなことなど決してなかった。特に大きな迷惑にもなっていない様子だったから静止はしなかったけれど、今の母の状態を改めて知る瞬間だった。それを、母の憧れの場であった劇場で見届けたのだから、余計に象徴的に映った。
今回用意いただいた車椅子席は、ステージ上手。もう何度も観ている演目だけれど、思えば上手から見届けるのは初めてだった。そのため、これまで見えなかった様々なことを知ることができて、とても新鮮な気持ちと同時に、新たな深い感動が呼び覚まされてきた。
「今日、母を連れて来なければ、ここからの画もこの気持ちも知ることはできなかった」
──出来事とは、説明のつかない巡り合わせである──
出演者の皆さんは、人知れず、今回も母に大サービスをして下さった。
関係者の方からの暖かい眼差しも数えきれない。
そして、母とぼくに、こんな差入れを下さったりもする。
──焼きそばパン──
こんなチームは、他にはない。
劇場の方からは、「記念に」とマグカップをプレゼントしていただいた。数に限りがあるものだから、ご来場のお客様に行き届かなくなることが心配だったけれど、ありがたく頂戴させてただいた。
──ご厚意には甘える──
介護者として過ごした時間に学んだことだった。
「ありがとうございます」
つい「すみません」とへり下る態度も改めた。
──どんなときもご厚意には、感謝の言葉を伝える──
苦しいことと同じくらいたくさんのことを学んだ日々だった。
──5年7ヶ月──
《サーカス》も今日で折り返し、残り4本となった。閉幕の扉が見え始めている。
そろそろぼくも、次のステージに向かうための扉に臨もう。そのための機会は、もう目の前にある。
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【新しいたぬき】
2018年5月22日
明日、一緒に楽しむ予定の森山開次《サーカス》鑑賞へ向けて、母の様子を伺いに行った。
今日は午後の昼寝の時間だったのか、母は入居以来、初めて居室で過ごしていた。先に渡したラジオを聴きながら、ベッドに寝転がって寛いでいた。
明日の予定を改めて伝えて、会場で配布されているパンフレットを見せて、そして、少し遅れた母の日の贈りものを届けた。
──新しいたぬき──
先月まで過ごした介護老人保健施設にあったたぬきの置物に手を振って「たぬきちゃん、たぬきちゃん」と挨拶していたことはすっかり忘れてしまったようだが、愉快な表情の置物に、屈託のない笑顔を見せていた。
「大きくて立派なやなぁ」
「なんでもデカいものを選べと教えられた通りにしたよ」
スケールの大きなものを好んだ母に教えられたことは多い。それは、決して物理的に巨大なことを意味しているわけではないことを、ぼくは自らの創作を通じて実感してきた。
音楽は、まさにそうだ。
──姿も形も意味もないのに、そこに物語が宿る──
明日、母はどんな物語を心のなかに呼び覚ますのだろう?
そこに何も宿さなくてもいい。過ごした時間があったことには変わりないから。
さて、母がなぜたぬきに興味を示したのか? そのわけが今日、わかったような気がした。
──腹の膨らみが、ぼくに似ている──
ほらね。太っていることも、悪くはないのさ。
1年前、母に伝記を自ら記してもらおうと渡したノートは、未だ何も書かれないまま置かれている。代わりに母の日の感謝を、1年前と同様に、今年もぼくが記した──これで2ページ。
──このノートは、何ページまで綴れるのか?──
今年から、「今」という奇跡のときのことを強く強く意識している。
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【森山開次《サーカス》2018年再演 初日】
2018年5月19日
初日の幕が開けてしまえば、ぼくの出番はおしまい。あとは、劇場の音響チームと作り上げたこの音空間をお客さんと一緒に楽しむだけ。
自身も3年ぶりにこの作品を観て、新たに思うことがたくさんある。
子供のころ、母に連れられていった実際のサーカス──無自覚ながら、なぜあれほどまでに興奮したのだろう?
猛獣使いが現れて、火縄潜りがあって、おどけたピエロが不可思議な音楽に乗って登場する──わざわざ、頰に涙のしずくを書き記した表情で──球体の中を360度バイクが駆け巡ったシーンも鮮明に記憶に残っている。そしてハイライトは、空中ブランコだ。
いま思えば、すべて命がけでの技ばかり。
我らがまっさかサまーカス団もそれは同じこと。万が一ステップを誤れば…フォーメーションが崩れたりしたら、ダンサー生命が脅かされる場合もあり得る。
──生きるとは、まさに命を賭した営み──
ぼくたちは、人生という名の舞台を生きている。当たり前のことなどなにもないのに、明くる日がやってくるとどこかで思い込んでいる。
──「また明日」──
その言葉は、もう一度会えると信じて交わす祈りだ。
──「おはよう」──
次に目覚めて顔をあわせるまで、今日が最後になるかもしれないのだから。
──生あるすべての瞬間は奇跡に他ならない──
このきらめく奇跡を、劇場で見届けていただけたら光栄である。
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【食卓には楽しみが待っている】
2018年5月15日
買物に向かうときは、愛用のレトロなデザインのリュックとエコバッグを持参して出かける。カゴいっぱいにまとめ買いした品品を手際よくカバンに詰め込むも、長さのあるものは、なかなか収まりにくい。
この5年半のあいだに、何度かこんな格好をして食材を買い込んできたことがあった。
──ネギや大根がカバンからはみ出ている──
そのたび、母が話してくれた戦後の闇市の話を思い出す。
「たくさん食材を背たろうて山越えで帰ってきたんや」
食べることにまつわる話題が多かったことは、いま思えば、とてもありがたいことだった。
──食卓には、いつだって楽しみが待っている──
家族を支える食の大切さを絶えず感じてこられたこれまでの日々を、何より幸運に感じている。
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【大切なことを見逃さないように】
2018年5月13日
ひびのこづえ×島地保武×川瀬浩介《FLY、FLY、FLY》──。
ひびのこづえ展開催期間中に予定されていた4回の上演がすべて終わった。
この10年ほどの間に手がけてきたダンス作品のなかでは、音楽も含めて比較的難解な要素を多分に含んだ内容となったが、上演を繰り返すあいだに、少しずつ変化を重ねて「作品」が、そのテーマを物語るようになりつつあったように思う。
その物語は、見てくれたひとの心のなかにあるのだけれど、会場にそっと掲げられていた、ダンサーからの言葉を、あえて紹介したい。
──きっとこの先の物語がある──
次に会うまではどんな約束も「予定」に過ぎない。また新たな表情を見せるそのときを待ちわびながら、来たる目の前の約束を果たすことに専心しよう。
明日から、森山開次《サーカス》の劇場仕込みが始まる。
──大切なことを見逃さないように──
それが、ぼくが生きることへのひとつの解でもあるのだから。
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【残念なサラダの記憶】
2018年5月11日
秋葉原から帰宅後、今日の1食目を──。
今宵のブツ切り野菜の山盛りサラダは、レタスをベースに、セロリとネギを追加した。
小学校のとき、家庭科の実習で作ったサラダ──ぼくが割り当てられた班があまりに粗末なサラダしかできなくて、とても残念な気持ちになったことを今でもよく憶えている。
以来、外食でもどこでも、粗末なサラダを見ると、そのときのことを思い出してしまう。
決して、具材が多いことが重要なのではない。
──きちんと味付けされていること──
塩梅とはよくいったものだ──塩だけでもいい──ぼくにとっては、それがとても大事なことらしい。
作り置いたネギ味噌をトッピングして、今日は味わいに変化をつけならが味わった。
春──。
この野菜の美味しい季節に、たっぷりたくさん、楽しみながらいただきたい。
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