主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【最後の散髪】

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2018年4月26日

明日の午後、母は特別養護老人ホームに入居する。その前に、身なりを整えさせたくて、今日、母の散髪をしに、お世話になっている介護老人保健施設へ向かった。


──もう、しない──


特養にお世話になる日が迫ってくるなか、考えていた。


──洗濯も、散髪も、老健にいる間だけにする──


これが、母にしてあげられる、最後の散髪──。

ハサミを動かしながら、そのことを考えてしまった。


──きっとそのせいに違いない──


最後だというのに、今日はうまく仕上げられなかった。


──ぼくのすべてを象徴するような結末──


ひとつずつ、何かを「終える」という経験を、積んでいこうと思う。

そうしないと、とてもそのときに向き合えそうにない。

散髪のあと、母ともっと話をしたかったのに…。今日はこれ以上、一緒にいる時間を持てそうになかった。


──ぼくはまた逃げ出した──


睡眠不足は、ろくなことがない。次の予定まで、僅かでも眠ろう。


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【フレッシュ】

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2018年4月26日

午前6時──あとひと踏ん張りのところで眠気に襲われる。


──歌は体力を消耗する──


昨日、久々にコーヒー豆を買ったら、煎りたてのロットに当たったらしい。見た目からして、全然違う。豆を覆う油分の光沢がとても美しい。

挽いてみる──実に豊かな香りがする。早速蒸らすと、豆のフレッシュさを証明するかのごとく、面白いように膨れ上がっていく。湯を注ぐとなおさらその頂は高く高くなる。

気づけに、と期待したところだが、最早コーヒー1杯のカフェイン程度では完全に目覚めることもない。


──午前8時──


なんとか粘って、ようやく作業完了。このあと成果を送ったら、いよいよ就寝。


午後から母の散髪をするためでかける。それまでぐっすり眠ろう。


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【デブでよかった】

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2018年4月25日

なるほど、そういうわけだったのか?

本当の訳など、知る由もないし興味もない。何事もこうして、ただ自分が納得したいだけ──それでいいじゃないか。

今日、母の振る舞いを見つめながら、そんなことをおもった。

2日後に迫った特別養護老人ホームへの入居に備えて、今日は母を健康診断へ連れて行った。

11ヶ月お世話になった介護老人保健施設からは、掛かりつけの病院まで送迎車で送ってもらえるのだが、母は、車椅子用のリフトがお気に入りらしく、遊園地のアトラクションに興じるかのように、そのわずかな時間を楽しんでいる。

そしてこのところは、必ずと言っていいほど、投げキッスをしてくれる。ぼくだけじゃなく、目があった人すべてに。

エレベータホールに、たぬきの置物がある。母はここに入所したときから、このたぬきと顔を合わせると挨拶をしていた。


たぬきちゃんたぬきちゃん」


そういって、膨れたお腹をさすったり、時には叩いたりする。

今日も、このたぬきに挨拶をしてから健康診断へ向かった。

午前から降り続いた大雨の影響だろう。病院はいつになく閑散としていて、それだけでだいぶ気持ちに余裕ができた。母のわがままにも耳を傾けることができたし、まるで自分の子供と戯れるような感覚で母と時間を過ごせたように思う。

子供帰りが著しい母は、もう、じっとしていられない。そのため、今日の健康診断も、特養から求められていた頭部CTはパスするかたちとなった。

心電図・胸部レントゲン・問診──検査はそれだけだった。待ち時間もほとんどなかったけれど、最近、すぐに「あれしてこれして」と待ちきれない母は、目の前にあったぼくの大きく張り出たお腹を突然叩き始めた。


「立派なお腹やなぁ」

「叩いたらダメだよ。たぬきさんにするみたいに優しくなでないと」


そう伝えても、太鼓のつもりか、母はお腹を叩き続けた。申し訳なさそうに、時おり、さすってくれたけれど、感触が楽しかったのだろう。父親のお腹にまたがって腹太鼓に興じる娘のように、飽きるまで叩いていた。

早産で逆子、そのうえへその緒が首に巻きついていて仮死状態で、産声をあげずに生まれたぼくは、未熟児で保育器にしばらく入っていた。そんなぼくを、食べ過ぎで身体を壊せるほどに強靭な肉体に育てあげてくれた母に、改めて、感謝を伝えた。

介護者として過ごして6年弱──もしも華奢な体つきだったら、身体はもたなかっただろう。その期間に2度、古傷の腰痛が祟って数ヶ月に渡り激痛に見舞われたけれど、その程度で済んだのは、この身体を授けてもらったおかげだ。母を介助するにも、大きな身体でよかったと思うことばかりだった。


──ぼくのお腹を見るたび、たぬきを思い出して楽しんだらいいさ──


お腹を叩きながらいっぱいの笑顔を浮かべる母を見つめながら、ぼくは、いつか過ごした愛しい時間のことを思い出していた。


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【涙という言葉】

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2018年4月24日

ひびのこづえ×島地保武×川瀬浩介《FLY、FLY、FLY》──。

今回の展覧会期間中、4回予定されている上演のうち、初演を含む2回を終え、東京のスタジオに戻った。

2回の上演とも、涙を流して見てくださったお客様がいらした。

特に2度目の上演では、ぼくからよく見える座席に、中盤からずっとハンカチで涙を拭っている若い女性の方がいらした。その後方には、ご年配の女性が同様にハンカチで目頭を押さえながら、光のステージで舞うダンサーに視線を送り続けていた。


寝てしまっているひと
退屈そうにしているひと
苛立っているひと
ぽかんと口を開けているひと


客席には、様々なひとがいる。


涙を流したわけはもちろん察することさえできないが、作り手としては、こう感じる。


──言葉では表し尽くせないものが伝わった瞬間──


ぼくたちは、言葉に頼りすぎた──発達した脳が、余計な思考を巡らせて、意味や正解「のようなもの」を求めてしまう。


──ときに、その涙のわけさえ必要とする──


相手の感情をコントロールすることはできない。ぼくにできるのは、ただただ理想を追い求めて、その頂きへたどり着くために、全力を投じること──。

無論その理想は、独りよがりではない。


──大切な誰かに、今日のことを伝えたくなるような体験を──


描いている成功の図は、それだけだ。


もしかしたら、初めて「パフォーマンス」というものを体験された方もいらしたかもしれない。いやむしろ、そんな皆さんの方が多かったに違いない。

そのなかで「涙という言葉」を表現して下さった方々が少なからずいらしたことを、ぼくはいつまでも誇りに思いたい。


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【できることはすべてやり尽くした】

https://www.instagram.com/p/Bh7APROFDPQ/

2018年4月23日

昨夜、市原湖畔美術館でのパフォーマンス初演を終えたあとの家路──最寄駅のひとつ手前で乗り換えるため列車を待っていると、突然に、泣き崩れそうになる瞬間があった。


In the blood of Eden
We have done everything we can
In the blood of Eden
So we end as we begin
With the man in the woman
And the woman in the man
It was all for the union
Oh the union of the woman
The woman and the man

Peter Gabriel ‘Blood Of Eden’ taken from the album “New Blood” (2011)


いつだって、次の瞬間には、予期できないことが起こるもの。


──望むと望まざるとに拘らず──


ぼくは、苦しかったに違いない。母のことを口外するべきではないと決めていたはずなのに、会話の節々に、母の近況について話せるタイミングを探していたような気がする。

ひとりになった帰り道、言葉を交わしていた時間にもまた、その瞬間が訪れた。

そのとき、耳元で流れていたのは、この曲だった。

両手で顔を覆い尽くし、身体を前に倒して、一瞬にして込み上げたものを封じた。


──できることはぜんぶやったんだ──


──今を始めるために過ぎた日を終えよう──


年々、ライブ用に背負っていく機材に重みを感じるようになっている。実際、10kgを超えているから重たいことには違いないのだけれど、昨日はやけに、それが堪えた。


──身体は悲鳴を上げている──


このところ、台湾にいたころの時間を思い出す。もう10年近く前のことになる。


──丁寧に暮らすことの大切さを知った日々──


再び、あの時間を取り戻そう。


静かで穏やかな時を──。


言い訳に満ちた暮らしは、もういらない。


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【100年後のクラッシック】

https://www.instagram.com/p/Bh1gphuFpXs/

2018年4月21日

新作パフォーマンス=ひびのこづえ×島地保武×川瀬浩介《FLY、FLY、FLY》

世界初演、無事に完遂。

前夜、衣装を身にまとったリハーサルはたった一度きりだったけれど、ワールドクオリティのダンサーには、それだけで十分だったようだ。

ぼくと言えば、昨夜のリハーサルで音響機器のトラブルがでて、準備不十分なまま当日を迎えたため、本番直前まで気持ちが落ち着かなかった。

正午過ぎ、現場入りしたあと、即座に気になった音の仕上がりを変更するため作業を開始。全編に渡って調整しなおして、本番用の音声ファイルを作成し、さらにライブ用システムの動作チェックを…。


──間に合うだろうか?──


仕込みが完了するのは、開演直前になりそうだった。他から声も掛けられそうにないほどの形相で作業に集中していると、業務連絡が届いた。

お客様を乗せたツアーバスの渋滞による到着遅延が発生したらしい。


──開演を遅らせる必要がある──


期せずして、作業時間に猶予が与えられた。


──今日もまた、見えない大きな力が、ぼくをそっと支えてくれた──


満足のいく音も出せた。
遥々遠方まで足を運んで下さった方にも喜んでいただけた。
想い描いたクライマックスも再現できた。

そして…。


──この責任を果たせたことが何よりだった──


終演後、パフォーマンスプログラム初日にお招きしたお客様たちと、エントランス前の芝生の広場でレセプションパーティが催された。和やかな空気のなかで戯れていると、ご来場いただいた男性の方から声をかけられ、感想をいただいた。


「この音楽は、100年後にはクラッシックになる」


ながきに渡ったこの緊張を解きほぐす言葉だった。

けれど、誰も知り得ない未来のことより、同じ時間を過ごして、こころを通じ合えたことの方が、ぼくには嬉しかった。


──今日、出逢えることを誰が知っていたのか?──


夕刻、みなさんをお見送りして、先ほどまで背に受けていた西陽を眺めると、湖畔に、見事な夕陽が舞い降りていた。


ひとりその光に抱かれながら、今こうしていることの幸運を噛み締めていた。


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【ココニイル】

https://www.instagram.com/p/Bhzcj-QlD0z/

2018年4月21日

東京からの指令に待機しつつ、灯りをつけたまま携帯電話を握り締め布団に横になっていると、案の定、眠ってしまったらしい。

風呂でよっぽど身体が温まったのだろう。今夜はだいぶ早い鼓動を感じていた。

寒さを感じてふと目覚めると、時間は午前3時を過ぎていた。カエルの大合唱はだいぶ収まり、小編成による演奏になっている。

麦茶を飲んで喉の渇きを潤し、布団の上であぐらをかいて再びぼんやりしていると、突然、こころの静けさのようなものを覚えた。


──ココニイル──


灯りを消そうと、灯具から垂れた紐を2回、引いた。

部屋を満たしたそのオレンジ色の薄明かりは、母が最も人生を謳歌した昭和の時代の記憶を呼び覚ましてくれる。


──バレエが好きだった母が、この作品を観ることができたら──


ふと、そんなことが頭を過った。


午前4時──。


待ち侘びたはずの静けさは、一瞬にして、慣れ親しんだ揺らぎへと変わった。

母は施設で、そろそろ目を覚ますころ。


──ぼくが何をしているか?──


もう思い出すこともなくなっていくのだろう。


幼きころの母が夢見た表現の世界に、今一度、すべてを捧げよう。すべてを捧げてくれた母への、胸いっぱいの感謝の気持ちを込めて。


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