主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと

【あの聞きたくない言葉】

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2018年9月30日

通い始めて3ヶ月になるジムのそばに、ピザ店がある。いつも前を通りかかるのは、営業時間後の深夜──焼けたオーブンのほのかな匂いがそっと鼻に届く。


──それが心地よく感じるのはなぜだろう?──


昨日、そんなことを思い浮かべながら食材を選んでいた。ながらく控えているかぼちゃとさつま芋が目に留まった。見えなかったふりをして立ち去ろうとしたけれど、2歩進んだところでカートを後ろに振り向けて、かぼちゃとさつま芋の前に舞い戻った。


──オーブンで焼こう──


食べたかったというより、あの焼けた匂いが欲しかった。

その匂いに、参照する想い出はない。母はオーブンをほとんど使わなかったし、オーブン料理を得意にしていた大切なひともいなかった。なのに、どこか
恋しく感じる。


──なぜだ?──


焼きあがったかぼちゃとさつま芋は、とても美味しい。けれど、オーブンに予熱している時間がぼくにとってはハイライトだった。食材を入れなくても、あの焼けた匂いが味わえるのだから。

季節はもう、すっかり秋になった。修理中の義歯は未だ収まらないままで、季節の風味など感じられるはずもない流動食だけを頼りに、母は今日も過ごしている。退屈と不自由さがそう言わせるのだろう。また、「あの聞きたきくない言葉」を口にするようになった。


「長生きできることは幸運なんだよ」


その言葉は、もはや母には届くはずがない。届いたところで、その苦痛を癒すことなどできない。

いつかぼくが、今の母と同じそのときを迎えたら、その言葉は封じ込めたい。

自分の意思で自身を制御できなくなっても、果たしてそんなことが叶うのだろうか? そして、その瞬間をぼくは認知できるだろうか?

そのときまで生きよう。この6年、見守り続けてきた母の気持ちのひとつでも知ることができるように。


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