【幸運】
2017年3月16日
久しぶりに母を見舞った──。
このところ話題もなく、顔を合わせても母はぼくが持参した新聞に目を通し、ぼくは弁当を突くだけになっていたから、見舞うこと自体が苦痛だった。得体の知れない疲れにしばらく支配されていたのは、そのせいだったのかもしれない。
──しかし──
今日は格好のネタがある。
ぼくの背負った業なのか? またもや人の世話を焼く羽目になった話題を「2つ」提げて、「本番」の場となる病室へ向かった
いったいこの話芸はどこで培われたのか?
巧みな構成により(我が心情を愉快に脚色した)見事なオチを決めたあと、母の顔に目をやると、母は涙をこらえてむせ返るように笑っていた
どんな業であれ、誰かの役になれたら本望
抱腹絶倒のネタがまたもや完成したなとひとり慢心しながら束の間の面会を終え、闊歩するような気分で病院を後にした。
帰り道、馴染みのスーパーマーケットへ寄って野菜を中心に食材を買い求める。レジに並んでいる間ぼんやり列を眺めていると、高齢男性が、独り住まいと思しき内容のカゴを会計に差し出していた
「いつか独りになっても、きっと料理は欠かさないだろうな」
そんな独り言を心のなかで思い浮かべていた。
すべては、母のお陰だった。
この4年、一時は自ら壊れてしまうほどの毎日だったけれど、母はいつだって、ぼくに必要なものを授けてくれる──。
老若男女の社会的役割が今よりはっきりと別れていたぼくの子供時代、母は構わずぼくをどこへでも連れて周った。ホテルのレストランや劇場、銀行の貸金庫など、子供には相応しくない場所もあった。買物のときも、行先がデパートだろうがどこだろうが、留守番を強いられた記憶はほどんどない。
大人になって初めて向かった場所でも臆することなく過ごせたり、街の彼方此方で安堵を覚えるのは、「いつか母と見た景色だ」と、無意識の領域から記憶が呼び覚まされてくるからなのかもしれない。
そして、ぼくの誕生と入れ替わるように先立った父の不在に疑問を抱く余地のない暮らしがあったのも…言うに及ばず
──この母のもとに生を授けられたことこそが、何より幸運な出来事だった──
このごろ、そんなことをよく思い返している。
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【つぼみ】
今年もどうやら例年通り、桜のころを迎えているらしい。
この1週間、母の見舞いから完全に遠ざかっていた。家からもさほど離れていないし、向かえない特別な理由があったわけでもない。いや、もしかしたら、単に拒絶していたのだろうか? 繰り返される変わり映えのない会話や周りの入院患者の様子、そして何より、病院特有のあの雰囲気に耐えられなくなっていたのかもしれない。
その間、現実から目をそらすように、だいぶ無茶な時間を過ごしていた。はたから見たらそれこそ無為に映るのだろう。
しかしぼくには、何も無駄はなかった。
久しぶりに顔を合わせた母は、ぼくをみてなんだか嬉しそうだった──
「憶えていますか?」
「もちろんや! 大事な息子は忘れません」
この1週間に味わった時間のことをいつもの話芸を駆使して話した。
母はいつものように、ぼくが笑ってほしいところで笑ってくれた。眼に涙を浮かべるほどに。
先々のことを考えて、面会は、駐車場が課金されない間の僅かな時間だけにしている。帰りぎわ、「もう帰るんか?」と母に言われて思い出した。子供のころ、叔母に預けられていたぼくも、同じことを母に口にしていた。
手を振りながらベッドのカーテンを閉めたあと、思わず独り、苦笑を浮かべた。
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【聖イグナチオ教会】
先日、ふと思い出して立ち寄った聖イグナチオ教会。兄の結婚式以来だから、たぶん20年ぶりくらいの再訪になる。
当時の礼拝堂は、新築された現在のものとは違って、とてもクラシカルな佇まいをしていた。当日はビデオ係だったから、どこかにあの礼拝堂の様子を納めた記録が残っているかもしれない
──今のチャペルがどうなっているのか?──
いつかの酒場で聞いた話しが気になって…そして、先の自分の展示会場で兄と久しぶりに会話したことがきっかけとなって足を向けたてみた
小中学校時代を過ごした麹町〜四ツ谷界隈もまた、想い出深い街だ。
地下鉄・四ツ谷駅の橋の脇に当時あった舗装されないままだった土手の斜面を滑り台にして、泥だらけになるまで寄り道して遊んでいたら、ランドセルの校章をみた通行人から小学校に通報されてひどく叱られたことがあった。
上智大学のグラウンドを借りて少年野球に興じていた中学のころの、土砂降りのなかでの練習や左打席から旧お濠端の斜面までかっ飛ばしたホームランのことは今でもよく憶えている(ついでに言えば、ダイヤモンドを一周してベンチに戻ったときに喰らった大人社会を映したような嫌なチーム内での出来事もすべて)。
礼拝堂は、想像していた以上に落ち着く空間だった。夜のミサが終わったあとだったことも、あの空気感を生んでいた理由かもしれない。
新宿通りに面した立地だというのに、現代建築らしく、外からの騒音はほとんど遮断されている。残響の設計も見事で、堂内を歩く靴の音も心地よく響き、ここで賛美歌を奏でたらさぞ美しい音色になるだろうことが容易に想像できた。天井のモチーフは、宇宙のような曼荼羅のような…蓮の花にもみえる意匠となっていて、天高はさほどないのに、空間的な広がりを心理的に感じさせてくれる。
あいにく、如何なる信仰心も未だないのだけれど、歳を重ねてそれに応じた様々な経験をした身として、いくつかの宗教が遺してくれた文化や教義には共感できるものを感じている。
──何よりこの静けさこそは、ぼくが絶えず求めているものだ──
外国語でのミサも行われてるようだから、海外にきた気分を味わいに、また訪れてみようと思う──この夜の機会もまた、記憶に残るきっかけになりそうだ。
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【present】
2016年1月22日
母との変わらぬ日常が続く──。
寒さが厳しくなるこの1月下旬、母の脳梗塞発症から1年が経過しようとしている。過去3年、調子を上げては奈落の底に突き落とされた経緯があるものだから、こんな元気な様子を見せ付けられると、安堵を通り越えて、嫌な記憶が蘇ってしまう──。
病院の待合での一コマ──午前はこんなに元気だったのに、午後、家に帰った途端、疲れたのか、血圧も低下しぼんやりしはじめた。
次の瞬間、何が起こるかわからないのは、みな等しく与えられた定めだ。それでも、多くの場合は、今が継続していくはず。
しかし…老いは、当たり前の明日を約束してはくれない。定めに抗うつもりはない。それでも、ゆるぎ出した当たり前だった毎日が、こんなにも不安だったなんて…目の前で経験するまでは、わからなかった。
その不安から逃れようと、またいつもの場所に逃げ込んだ
──こんなとき、正論はいらない──
するべきことはわかっている。
それでも…それでも…それでも…。
#主夫ロマンティック #介護
2017年3月18日
そろそろこれまでのことをまとめておきたい──自分の気持ちを保つために。
この写真を見ると、自ずとあのときの記憶が呼び覚まされる
──病院の待合で母にどんな話をしたのかを──
1年前の母は、ぼくが手を引けばまだ自力でどうにか歩けていた。
しかし、このあと、5月下旬から5ヶ月におよぶ入院〜リハビリ生活を迎えることになる。周りの予想を覆し、悲願の自宅復帰したのが10月半ば。それからおよそ3ヶ月、ぼくはぼほ付きっ切りで母と毎日を過ごし、どうにか自宅での生活を送れるように努めた。
それでも遂に、限界が訪れた。
あの日の出来事を、自宅に設置したみまもりカメラの動画記録で見たときには、まさに背筋が凍る思いだった。そして同時に…筆舌に尽くしがたい後悔と自責の念、己の無力さに支配された。
振り返れば、 介護者としての暮らしは、後悔の連続だった
──あと10秒、集中力が続いていれば──
──あと1時間、気づくのが早ければ──
──あの朝、もう少し早く目覚めていれば──
もしくは
──あの夜、もう少しだけ気づくのが遅ければ──
母のことを、こんなに苦しめずに済んだかもしれないのに…。
あれから丁度1年後、今年の1月半ばに、母は再び病院へ戻ることになった。
早くも入院生活は二タ月を越えた。
歩行訓練がようやく再開されたとのことだが、
おそらくもう、ここへ戻る日は…。
いや、未だ起きてもいないことを案じるのはやめにしたはずだ。
目の前にあることをただ見つめる──
present
──だから「今日」という日は贈りものなのだと、ある先人は語った。
望むと望まないとに関わらず、ただただ「今」を見つめる
それが叶った日、ぼくはようやく、自由になれる。
【バジルパスタ】
2016年4月20日
いただいたジェノベーゼ バジルペーストを使って、BankART Cafeの名物になりつつあるバジル・パスタを再現してみた
──旨い──
パスタ好きの母だけに、今夜の夕食は残さずぜんぶ食べきれた。
これはもしかすると、ミキサーを手に入れてオリジナル・ソース作りに励みたくなるきっかけになってしまったかもしれない…と、今朝みていた夢の中の物語を思い返しながら、いま空想に耽っている
──これでいいのだろうか?──
深緑の木々を見つめながら思う夕暮れ(遠い目)
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