主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと

【孤独のラザニア〈正月仕様〉で元旦を祝う──静けさのなかにある安寧】

f:id:kawasek:20210101191339j:image

2021年1月1日

謹賀新年──。

もうすっかり、この静かな暮らしが気に入っている。

満たされない何かを埋めようと、現実から逃げていた時代が嘘のように晴れた・・・まるで他人事のようにその昔を思い返すも、あのときはああすることでしか自分を守れなかったのだと、相変わらず言い訳じみた新年早々に思い浮かべながら、元旦の今日も、台所にひとり立っている。

今、この瞬間がある幸運を経験を伴って感じ入るようになったのは、介護者として独り、母を看る時代があったからだ。老いてゆき、弱さを隠しきれなくなり、あれだけ自由を謳歌した母が自分の思うように過ごせなくなっていく──そんな毎日のなかで「ぼくの知る母」の姿から遠のいていく様を見つめながら、ぼくは苦悶していた。介護離職やそれ以上の末路さえ頭を過り、これから起こりうるかも知れない「すべて妄想の出来事」に支配されてしまった。完全なる闇に沈んだあのころ、ひと筋の光を探し求めるかのように本を読み耽っていたときに出逢った「今」という考え方──それは、まさに2021年の「今」にぼくを手繰り寄せるための命綱だった。

2020年から続くこの状況に現在も大方飲み込まれながらもどうにか前を向くことができているのも、あの闇を通り過ぎてきたからだと感じる。

これだけ人に会うことなく過ごしたのは、間違いなく、我が50年の歩みのなかで初めてのこと。それでも不安に囚われることなく過ごせたのは、ネットワーク技術=つまり人智の恩恵。無論、それで満足というわけではないが、それでも、なんら物足りなさや違和感、寂しさというものを感じずに〈今のところ〉済んでいる。


──いつ会えるだろうか?──


そんなことを時おり思い浮かべたりするが、未来の出来事は誰にもコントロールできない。だからどんなときも「今」に集中する──そのため訓練(起こりうる危機に対峙するのためのリハーサルだったとも言える)を、8年に渡って繰り返してきたのだ。


──今、できることをする──


自らの選択で実行できることは、それしかないのだから。

そんな風に、2020年を通じて考えていたことを思い浮かべながら、今日もラザニア作りに励んだ。ブランク明け2度目の調理だけに、手際も復活している。そして、今日のラザニアには〈正月らしさ〉を加えている。おせちの代わりに。


──蓮根──


母の好物のひとつだ。


「蓮根はな、この穴から未来が見通せるんや」
「私は蓮根が好きやったから今がある」


蓮根を食卓に並べるたび、母はほとんど欠かさずこの話しをする。その気質は見事ぼくにも引き継がれ、このページでも蓮根料理を紹介すればこの話題が半ば自動的に登場する。もちろん、食事の場で蓮根がお目見えすればもれなく・・・時に何度も聴かされている方は面倒になって、ぼくの話しを遮っては笑いに転換したりする──蓮根ひとつで、これだけ愉快な時間が生み出せるのだから、おせちに取り入れられるわけも納得である。

かつては塩茹でしてえぐみを抜いていたのだが、最近は手間を減らすため、お酢に浸けてえぐみを抑える方法を採っている。蓮根は塩茹でだけで美味しく仕上がるので、味見がつい暴走しがちだったのだが、この方法なら安心。しかし、今日はラザニアをオーブンで焼いている間に、きんぴらを作ることにした。同じ要領でえぐみを抜き、ごま油と鷹の爪、塩を合わせて火を通していくと、透明感を増しつつも見覚えのある少し灰色がかった表情を見せ始めた。仕上げに顆粒の鶏ガラの素を入れて味を整える──菜箸で摘んでひと口味見。


──美味しい──


近ごろは、料理中も料理だけに集中している。YouTubeはもちろん、音楽さえ聴かない。料理の間の放たれる音──食材を切る音、湯が沸く音、油が弾ける音、身に纏った衣類が擦れる音、自分の呼吸音・・・。


──耳を澄ますだけで、こんなにも静けさが味わえる──


身の周りにある豊かな音の世界に抱かれているのだ。


──もしぼくがこの先、聴力を失うことがあっても、この音の記憶だけは奪われない──


そう思うと、なぜか安堵する。

音の記憶──それでひとつ、思い出すこと、あり。でも、それはまた別の機会に。

ラザニアが焼き上がろうとしているころ、お寺さんから贈られたお札も改めた。

すべての始まりとなる、新しい1年が巻をあけた。


#主夫ロマンティック #介護 #介護者 #介護独身 #シーズン9 #kawaseromantic #母 #特養 #入居中 #川瀬浩介 #元介護者 #男の料理 #料理男子 #料理中年 #作り置き #ラザニア #元旦 #蓮根 #れんこん