主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【幼さという凶器──母と婚約者 ふたつの死(10)】

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2022年2月15日

心ない言動に「案の定」、感情を揺さぶられている。


──自分のこころの内を公にすること──


それは少なからず、誰かを傷つけることになる──そう捉えられても仕方のないことであると、覚悟はしていた。しかしその覚悟は、現実を目の前にしてはじめて、どれだけ揺るぎないものだったのかが証明される。


──その覚悟の壁をあっさりと通り抜けてくる言動がある──


己を守るために壁を設けたのに、それが役に立たないのだから、なす術はない。だから最後の方法はただひとつ──。


──こころを閉ざす──


そうする他なくなる。取るべき手法でないと頭では理解できるが、少なくとも今は、それが最も安全な方法であることもまた事実である。


「もっと会いたかったはずだよ」
「気にせず会ってる人なんてたくさんいる」
「正しく恐れなきゃ」
「好きならすぐに会いに行くでしょ」


──本当のことは、ぼくたちしか知らない──


互いの安全と他者に移さないことを最優先して、「会わない」という選択をするまでに、どれだけの苦悩と葛藤があったか? そうすることが、一刻も早く社会を正常化することに繋がり、結果として、1日も早く再会が果たせる──そう願っていたが、ぼくたちはずっと夢を見ていたのだろう。状況は深刻になるばかりだった。

方針転換しようにも、できない事情があった。仕事のこと、そして、介護施設にいる母のことだ。いずれも他に任せることのできない、「ぼくしか」対応できないことだったからだ。


──板挟みになる苦悩──


介護者として母を見守りながら、数えきれないほど味わった「最も逃れようのない痛み」だった。母を無事に送るまで見守りつつ、代わりの利かない業務を完遂する──そんな壮絶なプレッシャーをひとりで9年も感じていたのだ。

その渦中で見舞われた1年8ヶ月という断絶──。実際に会わずに過ごす間に、幾度関係を諦めようとしたかしれない。


──離れた方がお互いに楽になれるんじゃないか?──


深刻化していく状況のなかで苦悶しながら、そんなことを繰り返し考えたこともあった。

彼女の急逝後、ご自宅の部屋から日記らしいものが出てきた、と、ご家族の方からノートを無言のまま手渡された。


──ここを読んで欲しい──


そう言わんばかりに広げられたページには、彼女もぼくと同じことを思案して苦しんでいた記述があった。

そんなところまで深く強く心を通い合わせていても、それが望む未来を約束はしてくれるわけではない──そんなことは、わかりきっていた。

離れて暮らす同い年のふたり──いつ何が起きてもおかしくない年齢でもある。ましてやこの状況下、心身への負荷はこれまで経験したことがない最高レベルだ。互いの健康を気遣い、かつ、ひとり住まいの日常に潜む危険(高いところのものを取る時、両手を塞いだままでの階段の登り降り、留守中の対応などすべて)についても話し合っていた。車の運転をする際には、自らへの注意喚起のため、おまじないまで考えた。


──事故は、不意に起こる──


ぼんやりして注意不足に陥っているときこそ、危険から逃れられなくなる。非科学的と言われようが、備えていれば、何らかの対処はできるものだ。

毎日の連絡では、必ず、感謝の言葉を伝えていた。それは、ぼくたちはどんなときも、死と隣り合わせに生きているという強い自覚があったからだ。離れて暮らす限り、何か突発的なことがあっても、お互い対応することができない──その残酷な現実にいることを忘れないためでもあった。


──この会話が最後になっても思い残すことのないように──


コロナ禍になるより前、ふたりで過ごすようになって以来ずっと、その習慣を続けてきた。

彼女が危篤になる前夜、最後となった電話でもそれは変わらなかった。


「出逢うまで50年近くかかったけれど、待ってて本当によかった」


お互いにそう伝えあった。

発言は自由だ。ただし、相手の気持ちを思いやる姿勢は欠いてはならない。こうした「ふたりのすべて」も知らずに平気で「勝手」な言動をとるのは、「若い」というより、きっと「幼い」ゆえなのだろう。

2020年、最初の緊急事態宣言が明けたころ、ふたりで暮らす計画を考えて、互いに提案しあった。


──彼女が東京に来るのか? ぼくが向こうへ移るのか?──


だが、こんな時世に生活の拠点を移す不安が拭えず、実現しなかった。見えない不安に怯えて、ぼくたちは行動できなかったのだ。


──勇気がなかった──


ぼくはこうして後悔を語り、苛立ちを露にすることで、何かのせいにしたいだけなのだろう。思い通りにならず、わめき散らすだなんて……。

結局、最も幼かったのは、ぼくだったのかも知れない。


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