主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【繋がれた命──母と婚約者 ふたつの死(2)】

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2022年1月22日

MRI/MRA検査を受けた。この検査受診は、彼女の葬儀に立ち会ったご家族との約束でもある。

今日も午前中に目覚めるも、昨夜からの軽い動悸の影響か、身体が重たい。


──今回の出来事を可能な範囲で書き留めておきたい──


昨夜そう思って記憶を回想しているうちに苦しくなってしまった。その影響だろう。目覚めてもしばらくは布団のなかでぐずぐずしていた。出かけるにはまだ早く、起きて何かができるほどの状態でもなく、もう少し眠ろうと携帯電話の目覚ましを設定しなおした。

正午が近づくまでうとうととしつつもいったん起き上がり、台所にある風呂の追い焚きボタンを押して、再び床に戻った。このところ、心身を起動させるための習慣となっているのが、朝風呂に浸かることだ。彼女の終の瞬間を見守るために現地へ駆けつけたときから、この習慣が始まっている。

あの極端な緊張と不安から少しでも遠のきたいと必死だった。あのときとはだいぶ異なるけれど、心身の強張りは今も続いている。


──ハグ──


入浴には、それと似た効果があるような気がする。水圧で程よく圧迫される安心感と胎内回帰するかのような安堵感、そして重力から解き放たれる開放感・・・裸になり素肌で外界=自然と触れ合うこともいい。

母の介護者としての時代から、冬場の脱衣所にはヒーターを完備している。浴室へもサンダルばきで入る。寒暖差によるヒートショックを起こさないための対策だ。しっかり温まり浴槽から出たところで全身の水滴を拭う──こうすることで、裸のまま部屋に戻ってもしばらくは寒さを感じずに済む。脱衣所で肌着をまとってから手早く髪を乾かし、そのまま身支度を整えた。

予定通り家を出るも、身体が異様に重たい。脚が前へ進まない感覚がある──まさに呆然とした足取りのまま、最寄りのターミナル駅にある検査施設へ向かった。

ホテルの閑散とした地下にある検査施設は、感染爆発中の東京のなかでは安心して受診できる場所のひとつである。受付を済ませ、指示されるがままに淡々と問診票を記入し、事前問診を待つ。問診票に「気になる点があれば」と記入する欄があったので、この衝撃的悲劇について記すことにした。口頭でも一連の出来事を説明をしたが、医師は程よく感情的距離を保って下さった。今の心境では、寄り添い過ぎたりアドバイスをいただくよりこの方がいい。

次いで、促されるままロッカールームへ移り、静かに着替えを進めた。検査室前の中待合は、受付前の空間よりさらに密を避ける座席間隔調節が施されている。こうして限られたひと気を作り出しているおかげで、そこは心地よい静けさに満たされていた。


──今の気分にちょうどいい──


名前を呼ばれ、検査室へ。この時世、マスクに組み込まれたワイヤーも磁力に影響を及ぼすとのことで、マスクを外して横たわるよう指示を受けた。そこから口を開かずに身振り手振りで技師の声かけに応答した。

轟音鳴り響く装置に身を委ねる──最先端のテクノミュージックを連想させる耳をつんざくノイズがビートを刻んでゆく──するとしばらくして、思いもよらぬことが起こった。

突発的な脳の病いで急逝したパートナーのことが思い出されたのだ。あのとき、共に暮らす選択をしていたら、前兆と思しき兆候を見落とさずにすんだかもしれない・・・そんな事ばかりが頭をよぎり、自ずと涙が溢れ出てきた。けれど身体は微動だにできない。嗚咽しそうになる感情をどうにか堪えた。


──落涙は検査結果に影響しないのだろうか?──


そんなことまで思い浮かべていた。

結果は数日経ってからになるが、実に7年ぶりになる検査に足を運ぶことができたのも、彼女のお陰である。もしものことがあっても、これで対応できることだろう。

帰り道、最寄りの地下鉄の駅から地上に出ると、いつもの夕陽が拝める時刻になっていた。


──この毎日が、ずっと遠く遠くまで続く──


そう信じて疑わなかったのだけれど……。


──明日のことは誰も知らない──


そう互いに語り続けた通りになってしまった。ながく過ごせば、いつかそのときを迎えるのだが、その時はあまりにも早すぎて、ひどく残酷なタイミングでやってきてしまった。

いつか誰かから聞いた言葉を引用するならば、それはぼくの罪深さによるものなのかも知れない。そしてぼくが最も罪深いのは、その罪深さをはっきり自覚できていないことだ。

いや、この出来事に、一切の因果はない。ぼくたちはあまりに共鳴し過ぎて、身を分つのも惜しくなった──そうに違いない。


──ようやく一心同体となった──


そう思えるようになるときが、いつかやってくる──そう信じることが、早世した彼女への感謝と供養になるのだ。


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