主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【謝恩】

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2021年7月19日

酷暑が続いている。だから昼間からビールを飲んでいる──そんなわけでは、もちろん、ない。

事情を説明したところで、ぼくが抱えることになってしまった想いは、理解されようがない。いや、そもそも今のぼくでさえ、自分の感情がいかなるものか、計りかねている。

この感情を言葉にできるなら、少しは楽になれるのかもしれない。


このビールは、君への謝恩のつもりだった。


元来、ひとりで家で呑むことはほとんどない。その理由は明確で、ちっとも美味しいと思えないからだ。食事もお酒も観劇もあらゆる観賞も、そしてただただ時間を過ごすことも、誰かと一緒じゃないと意味がない。共にその場その時を味わってこそ初めて「体験した」と証明できるのだ。いかなる出来事もそれをひとり知ったところで、他の誰も知らなければ「存在」を確かなものにはできない。それは、初めて人類が到達した秘境にひとり佇んでいるのと同じことだ。

「生きること」も同様──ぼくを知る誰かがいてくれるからこそ、ぼくは確かにここに存在していられる。たったひとりで「この世」と呼ばれる荒野に身を潜めて暮らしていても、ぼくは存在し得ないも同然なのだ。

だから、感謝している。仕事のことばかりだったぼくに、それ以外の交流の場を授けてくれたことを。母の介護で追い詰められていたとき、格好の「こころの隠れ家」となる気の置けないたくさんの仲間たちの渦のなかへ導いてくれたことを。もしもその時間がなければ、今ごろぼくはどうなっていたかわからない。

この時代に対応できないままの自分を、いま、とても悔やんでいる。どんなことがあっても心身の健康と生活の不安なく過ごせる状況を手にしていられたら、こんな感情を知ることがないままでいられたかもしれない。

昨日、堪えきれずに、電話をしたよ。非礼かつ非情であることを承知の上で、伝言も残した──申し訳ない。自分のことで、精一杯だったんだ。

あれだけ愛飲したクラフトビールが、今はまったく味わえない。きっと、この記憶をビールに刻みたくない──ぼくの潜在意識がそう仕向けているに違いない。

今日も無事に目が覚めた。当たり前だと思っていた毎日の目覚めがこんなにも有り難いことだったのだと、この危機が知らしめてくれたんだ。

次の日目覚めたら望む世界がやってくるとは未だ思えないけれど、それでもぼくは明日もまた、目覚めることを望むよ。

そして、


──ただ生きているだけでいい──


そう思えるようになるまで、生きる。もし、そう思えるようになる日が来たら、今度はそれを伝えるために、生きる。

それが、今の君にできる、せめてもの恩返しだと信じている。


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