主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと

【最後の契約(1)──終の住処へ】

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2018年11月21日

定員に空きが出たとの報告が母が入居している特別養護老人ホームから連絡が入ったのは、1週間ほど前のことだった。春から同施設のショートステイ枠を利用していた母だが、遂に「終の住処」と呼ばれる場所へ正式に入居することになった。

それに際し契約を結ぶ必要があった。穏やかな静けさに包まれた秋の日、約束の時間に施設へ向かった。

母と顔を合わせる前に、契約書にサインをすることにした。儀式のように契約内容の確認をしあいながら、署名捺印を行なっていく──。

その間、これまで何度、介護サービスを受けるために契約を交わしてきたのかと思い返していた。ケアマネジャーとの居宅介護支援契約に始まり、病院で行われる通所リハビリ、自宅へリハビリ師の方がいらして下さる訪問リハビリ、出張時に母を看てもらうためのショートステイサービスとの契約──母が気に入らなかったり、個室がある条件を求めたり、希望期間に空きがなくて新規契約が必要となったケースなどあわせて、4〜5社と契約を交わした記憶がある──介護ヘルパー派遣会社との契約、おんぶ専門のヘルパーさんとの契約…。まだ母が十分に歩けたころには、認知力維持のため近くのスーパーマーケットまで買物の付添をしてもらえるサービスに加入した。あれはまだ、介護者としての暮らしが始まった初期のころのことだ。

自宅での日常動作がおぼつかなくなり、常時みまもりが必要となったころには、自宅復帰を目指しながら積極的なリハビリを提供してもらえる介護老人保健施設に入所。この際、居宅介護支援のケアマネジャーも変更となり、改めて契約を交わした。

自宅復帰がいよいよ難しくなって、特別養護老人ホームへ移ることになったとき、定員に空きが出るまでの間は居宅介護支援扱いとなるため、また別のケアマネジャーとの契約が必要となった。

そして今回の、特別養護老人ホームとの正式契約──。

そんなこれまでの出来事を思い返しながら筆を走らせつつ、過ぎし日々のことを独り言のように担当者にお話しすると、それまで頭の中になかった言葉が返ってきた。


「これで最後の契約になりますね」


そう、これが母の介護に関わる、恐らく最後になるであろう契約だった。

もしもこの先、また別の契約を交わさなければならない事象が発生したとしたら、それはかなりの一大事に直面していることになる──今の施設では支援できない状況になり、別の施設に移らざるを得ない──考えられるのは、そんな喜ばしくはないことばかりだ。

事実、最近の母は、認知力の低下が原因なのか、自制が効かないため小さな問題を引き起こし始めている。先日も、入歯を自ら外して机の上で叩き壊してしまった。大阪人ならではの冗談も周囲の利用者の方には通じないことも多いようで、まれに相手の気分を損ねる場合もある。

周りに気を使う母だったが、そもそも集団生活から遠のいて生きる選択をしてきたことに加えて、近頃の認知力の低下は周囲との協調からさらに遠のく要因になりかねない。

ぼくにできるのは、できるだけ会いに行くこと──それくらいしかないが、それこそが、とても大切で大きな役割だと感じている。

契約を締結して、今後の生活に向けた希望を伝えたいのち、母に居室に向かった。


「今は寝ていらっしゃいます。あっ、でも浩介さんの声をきいて起きたみたいです」


いつもお世話して下さっている職員の方が、母の様子を確認してそう伝えてくださった。


「もうぼくのことは憶えてないみたいなので
知らないおじさんの体で接します」


いつもの冗談を添えて、ぼくは居室に入った。


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