主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと

【今も腕のなかにある小さな希望】

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2018年11月5日

暗雲垂れ込める──今日の空模様は、まさしくそんな雰囲気を漂わせていた。厚い雲が空を覆い、光を遮っている。こんな日には、どうしても朗らかな気持ちにはなれないものだ。雨も降り出した。鳥は木陰で羽を休めている──人も自然のリズムに合わせていたら、いまのシステムのなかでは生きていけないのだろう。

1週間振りに母に会った。退院して特別養護老人ホームに戻ってからは、顔を出す機会を少し加減している。あらゆる選択の背景と同じように、そのようにした理由は様々あるのだけれど、ひとつは、気持ちの負担をそろそろ軽減していく必要があると感じているからだった。

会話らしい会話もできない母との時間は、決して楽なものではない。朗らかで穏やかな笑顔を見せてくれる母を見つめていると、思わず笑みをこぼしてしまう自分がいると同時に、この時間にはそろそろ終わりが見え始めていることを感じてしまう。

これまでどんなに長い時間を過ごしてこようと、過ぎし日の楽しかった出来事を思い返したとして、湧き上がるのは溢れるものばかりだ。いつか来たる不可避なその瞬間の出来事も、遠き日には過ぎし日のことに変わる。そのとき、一切の後悔なく今を振り返ることができるかと問えば、それは不可能な願いだ。


──2人のための選択──


それは、介護者としての暮らしが始まった6年前、日々悶絶し苦悩し悲嘆に暮れながら見出した言葉。いや、それは希望にも似た想いだった。前に進むために、どんなときも母とぼく2人に必要だと思える選択を──それを繰り返してきた。

望む今を創るために、ぼくは現状を変えようと必死だったけれど、あいにく、今の今まで大きな変化は果たせないままだ。そうしてもがき苦しむ時間のなかで、気づけば時間切れになってしまった。そして、2人のための選択は、選択肢を失っていった。

 

ぼくひとりで母を看るには、もうどうすることもできなくなっていた。


──こうする他ない──


我が家がそれでも幸運だったのは、特別養護老人ホームへの入居の段階で、母の認知機能が緩やかに衰えていったことだ。健常なままであれば、きっと母は入居を拒んでいたに違いない。

さらにぼく自身が独り身であったということ──それも、入居申請を出して数ヶ月という短期間で早々に受け入れていただけたひとつの要因だったと信じている(2年以上待つことも多いと聞く)。

結局、苦悶しながらどうにか道を切り開こうともがいていたけれど、「そのとき」がくるまで、事態は何も動かせなかったのだと、今、改めて感じている。

介護者としての使命から少し荷を下ろした今は、ゆっくりと自分の暮らしを建て直している最中だ。これもなかなか思うようにはいかないけれど、もうじき「そのとき」が訪れるような、そんな予感のような期待が立ち込め始めている。

夕暮れ時、母の居室に入ると、母は今日も静かに寝入っていた。昼間にセラピードッグの訪問があったそうで、職員の方が犬と戯れる母の姿を写真で見せて下さった。心地よい疲れが身体と心を包んでいたのだろう。とても穏やかな表情だった。


戌年の息子を2人も生んだくらいですから、お犬様とは相性がいいはずです」


そう言えば、母は山羊座──ぼくたち兄弟が、見守ることが使命なのかもしれない。

そんな話題を母にすると、いつもの笑顔で、最近お気に入りのOKサインをぼくに力強くアピールしてくれた。晩年に、母の笑顔がこんなにチャーミングだと気づかせてくれたことは、ぼくのこれからの暮らしの支えになると近頃よく感じている。


──人を喜ばせる──


「charm」の意味を知ったとき、この言葉をますます好きになった記憶が最近よく思い出される。

 

 

──苦しいときこそ、笑う──

 

 

母のような笑顔をぼくもこれから携えていきたい。

今日は、ぼくのアルバム《A Small Hope》を母に聴かせてくださっていた。ちょうど流れていたのはタイトル曲〈A Small Hope〉──静寂のなかにある切なさや豊かさ、そして荘厳さと力強さを表現したような曲だ。

母の急変で追い詰められた制作時期──あの日々に感じた〈小さな希望〉は、今も確かにぼくの腕のなかにある。



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