主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【母、退院決定──2018 秋】

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2018年10月18日

今日のもうひとつの大切な役目は、これだ。


──阪神タイガース 矢野新監督 就任──


金本監督辞任の報のときも同じだったが、今の母には、よくわからない、もしくは興味のないことらしい。

今日は、ぼくの顔を見ると「長男?」と訊ねてきた。やはり髪型を変えたのはよくなかったようだ。ますます、誰だかわからなくなってきている。

母の退院が決まった。一度、予定されていた日の直前になって発熱し、延期された。あれから1週間ほど経って、表情も入院前の雰囲気に戻りつつある。

しかし入院のタイミングが悪かった。


──義歯修理中──


歯がないため、食事が上手く摂れなくなってしまった。全て流動食になっていたが、体調も思わしくなかったから摂取量もだいぶ減っていたはずだ。そのせいもあって、また一段と痩せた印象がした。

必要最低限のリハビリをしてはもらっているが、それ以外の時間はベッドの上だ。一度、リハビリの様子も見学したが、自立して座ることはほとんどできなくなっていた。リハビリ担当者に抱きかかえられるように身体を預ける様は、まるで赤子同然だった──日に日に旅立つための支度を整えている──ぼくにはそう見えた。

そんな調子でほとんど横たわっているものだから、踵に一部だけではあるが、いよいよ床ずれも出来始めていた。身体全体の確認を、看護師さんらが行って下さっていて、ベッドサイドには重要な伝達事項を記したメモ書きが都度更新されている──その手厚く見守れた様子は、まさしく赤子返りである。


「老いると、赤ん坊のころと同じようにたくさんのひとに見守ってもらえるね」


そう伝えると、母は理解したのか、未だ変わることのない、いつもの笑顔を見せてくれた。


入院中、愉快なことといったら、母の髪型だ。これも横になっている時間が多いゆえのこと。いつ頃からだったか、母の通院付き添いのときに、携帯用の折りたたみブラシを持参するようになった。それは確か冬場のことだった。少しでも可愛らしくみせようと、毛糸の帽子を被せてあげたのはいいが、院内で脱ぐと、髪の毛が乱れてしまう。


「歳をとったら、身なりの整った格好をせなあかん」


老いて見すぼらしい姿を母にさせるわけにはいかない。それは、入院中でも同じだ。

病院に向かう時に忘れものがないように、始まりの時から専用の鞄を用意していた。保険証や薬手帳、過去の検査データから、汚物入れ、オムツ、ビニール手袋などが入っている──おそらく、育児中の親御さんの鞄も同じような内容なのだろう──その中にはもちろん、あのブラシが今も収めてあった。


──髪をといてあげた──


言葉は一切なかったけれど、撫でられた子猫のように、心地良さそうな表情をしていた。


ぼくがこの世で生を全うする限り、日常のあらゆる機会に、母との些細な出来事を想い出すのだろう。

老いてもなお、大切なことを気づかせてくれる母に、できる限りのことを捧げたい。その想いは、母が魂だけの存在になってからも変わることはないだろう。

嗚呼、しばらくぶりに、母を想い、心が溢れた。一夜一夜、こういう夜を重ねるたび、ぼく自身の支度も整っていくに違いない。

次に会うのは、施設に戻ってからになる。部屋も新しいところに移るらしい。その部屋の窓辺からは、きっと広々とした空模様が見えるはずだ。そのとき、母がどんな表情を見せてくれるのか、今から楽しみにしている。


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