主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと

【カーキ色のソファー】

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2018年8月17日

頭のなかが色んなことで渦巻いている。こんなときは、単純作業をするのがいい。掃除や家の雑務は、まさに作務のような効果が期待できる。思考が整理されるのはもちろんだが、この一見、生産性も意味もなさそうな営みのなかに「ある気づき」が得られたりする。

今日は長年気になり続けていた革張りソファーのひび割れを遂に補修した。ただクリームを塗るだけのことだが、長らく続いた母との日常のなかでは、なかなか手が回らない仕事だった。

西側の出窓の前に据えられた5脚のカーキ色のソファーは、この家のキーカラーに合わせて選んだものだった。


──グリーン──


「気持ちが落ち着く効果があって、最近では病院でも取り入れられている」


たしかそんな感じで勧められた記憶がある。グリーンはぼくの好きな色だ。何かにつけてグリーンを選ぶぼくに母が教えてくれた。


「あんたは緑が好きなんやな」


20歳の頃、歩行困難になるほどの重度の腰痛に見舞われて仮面浪人をしていたとき、ぼくはこの家の設計に立ち会っていた。母と2人、何度も施工会社に足を運んで、設計士と間取りの調整をしたり、カラーコーディネイターと内装の色合いを選定したりしていた。予備校にもろくに出席せず、家で作曲の真似事をしていたぼくは、母のアシスタントとして打合せに帯同していたのだが、子どものころからの空間好きのセンスで多少は貢献できたのではないかと思っている。特に、竣工後の内装の手直しでは、ぼくのアイデアで切り抜けたシーンもあった。

思えばそれは、平成の始まりのころの話だ。ここへ越してきたのが、平成2年の夏。多過ぎた荷物の処理に困って段階的に引越すことになり、母より先にここへひとりでやってきたのだった。

気づけば、今年で平成の夏も最後となった。文字通り、平成な世を期した祈りの時代は、30年で幕を閉じようとしている。母はまたひとつ、歴史的瞬間に立ち会えるだろうか?──陛下は母と同い年。明らかに母よりお元気である。

このカーキ色のソファーは、ずっと我が家の歴史を見つめてきた──引越した当初、兄の外国の友人がやってきて集合写真を撮ったのもこのソファーの前だった。母が普段いつも過ごしていたのもこのソファー。テレビを観たり昼寝をしたりしていた。身体が弱り始めて布団での寝起きが難しくなった母がベッドがの準備が整うまで休んでいたのもこのソファーだ。そこから転げ落ちて手首を骨折したこともあった。見えない明日に怯え助けを乞うた家族会議でぼくが嗚咽したのもこのソファー。点滴を投与される母を一晩中見守っていたのも、疲れ果てて眠ってしまったのもここ。そして、大切だったひととの束の間のときを過ごしたのも、このソファーだ。映像作品をゆっくり観覧してもらうため展示に持ち出したことも何度かあった。1脚だけ痛みが激しかったのは、きっとそのせいに違いない。

買い求めたクリームの色は、案じた通り、少し濃かった。調整するために白色や薄め液も合わせて買おうか迷ったが、多少色ムラがでた方が趣がでそうな気がした。しかし素人の手さばきでは、ムラというより汚れに見えなくもない。


──このムラもまた、我が家の歴史になった──


今日は湿度が低く、とても過ごしやすい。朝の空気は、もう秋の涼しさだ。

大好きな秋を今年もまた感じたい。想い出す出来事がたくさんあるから。


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